シニアライター釜島辺の「求職セミナー体験記」(3)アドラーのプラス思考

 いよいよ初めてのセミナー「就職活動準備」編に臨む日がやってきた。職安の相談員にも勧められたものだ。会場は繁華街のビルの一室。「どんな人たちが来るのだろう」。開始時刻より15分早く会場に来ると、すでに受講者の半数近い約20人が着席している。年齢層は40代から60代が多く、約6割が女性だ。背筋が伸びてヤル気満々の姿に気後れする。前方にはフェイスシールドを付けたスーツ姿の男性講師が待機しておられる。

自分の言葉で自身を語れ

 定刻となり、職安の職員が「本日は本セミナーにおいでいただきありがとうございます。このセミナーを今後の求職活動にご活用いただければと思います」とあいさつし、ベテラン経営コンサルタントである講師の村中俊治さん(仮名)にマイクを渡した。

 冒頭、村中さんは「もっとも大事なポイントは求人応募に至る前の準備です」と強調した。準備こそが、短期間で希望の就職先に採用されるか否かの分かれ目なのだという。急いで「万全の準備」とメモする。

 応募先を決めるステップの第一段階は「自己理解」「職業理解」で、村中さんは前者を「自分自身のことを自分自身の言葉で表現できること」と説いた。

 後者の「職業理解」もおろそかにしてはならない。続く第二段階の「応募準備」で意味を持つ。村中さんはこう続けた。

 「求人情報を収集し、履歴書、職務経歴書などを作成します。ここで大事なのは求人先の仕事に合わせて書き換えをします。つまり、志望動機の欄に求人先を選んだ理由を書くのです。そして皆さんの長所、貢献できることもアピールしていただきます」

プラス思考で自尊心を

 就職先を絞ったら、次は応募先に合わせた面接対策が必要という。「どのような仕事をするのか。その時、情報収集が生きてくるのです」。村中さんの口調も快調だ。資料に目を通すと、「適職は必ず存在します」とある。

 さらに心理学者アルフレッド・アドラー(1870~1937)の「自分が生きていることを尊敬する」という言葉を引用して「自尊心」とは何かが村中講師によって説かれる。なんだか大学の授業みたいだ。アドラーは同じ心理学者でもフロイトとは違って、過去の分析より未来志向の学者なのか自己啓発本によく登場するが、調べてみると、こんなことを述べているらしい。

 「一生懸命生きている自分をまず認める。そうすると一生懸命生きている周りの人も尊敬できる。かけがえのない存在である自分の個性を『プラス思考』でとらえることは自尊心を持つのに大切だ」

 要は「心の持ちよう」ってことか。村中さんは「新たな職場でキャリアを積み、それを『適職』にしていくことも大切です」と語った。そうそう、プラス思考は失業者には心の栄養ドリンクなのだ。

キャリアの棚おろし

 「応募書類を作る前に、自己と向き合う作業をしましょう」。就活用語でそれを「キャリアの棚おろし」と言うらしい。今までの社会人としての経歴を振り返り、実績を文字化しながら、本音の自分を意識するのだという。

 具体的には①アルバイト、短期仕事を含め、過去の仕事経験をすべてリストアップする②それらの業務や仕事に関する基礎資料を作る③勉強したことや環境の変遷を示すシートを作る――の3点だ。

 「あなたの長所は何ですか?」。そう問われたらどう答えるか。棚おろしで見つけたアピールポイントを書くよう促された。自分を「まじめ」だと思う人なら「納期を守る責任感の強さがある」と書き、自身を「素直」と言えるなら「チームワークを重視する規律正しい仕事ができる」と書く――。そんな感じで自分の「売り」を具体的にアピールするのだそうだ。どんな勉強をしてきたかも重要なポイントになるだろう。

 そういえば学生時代に教育心理学の先生がこう言っていた。「セサミストリートという教育番組には有色人種の子どもたちが多く出てきますね。いろんな立場の子たちを「educate(能力を開く)」しようという、つまり『開けゴマ』という意味なんですね」と。それを聞いて「だからセサミ(ゴマ)なのか」と感心した。最近、散歩中に「オープン・セサミ」という名のマンションを見つけて驚いたが、果たして僕はゴマを開けたのだろうか。

ジョハリの窓

 「ジョハリの窓」という心理学用語があることを知った。ジョセフ・ルフトとハリー・インガムという米国の心理学者2人が考えた自己分析法だという。ネット検索すると、「自己開示」「人材育成」「起業」「キャリア教育」といった言葉とセットで現れる。なんでも、自己理解のために4つの窓があり、そのうちのひとつが他者の視点を加えて自分自身を知る「盲点の窓」で、自分の未知なる可能性に気づき、適性の見直しを促してくれるというのだ。

 まあ、それも使い方次第だろう。頑固一徹の職人気質の人に振りかざしても、「ほっといてくれ」と反発されるに違いない。逆に、悲観主義者を励ますためには効果的かもしれない。ただ僕の場合は「あなたには可能性がある」なんて言われても、今さら「ほう、そうですか」と受け入れるのは難しい。そんな素直さは二十代で失っている。

適職とは

 「労働市場を理解し、ご自身にあった仕事領域(適職)を絞り込んでいきましょう」。セミナー終盤にこう呼びかけた村中さんから内角をズバリ直球で突かれたような言葉があった。「自己の市場価値を冷静に判断する」「好き嫌いや性格的な向き不向きで即断すべきではない」「方向転換をすることで、自分の新たな可能性が見え、選択肢を広げることが可能」……。どれもしごくまっとうな指摘だが、「そんなに楽しくて都合のいい仕事なんかありませんよ。現実を見据えなさい」と暗にハッパを掛けられているようで気持ちが萎える。

 「エンプロイアビリティ」という舌を噛みそうなキーワードがあることも知った。ボーっとしていたら話についていけない。自分流になんとか読み解けばこうなる。

 「エンプロイアビリティスキル、つまり企業から見て、その人を雇用したい(雇用されやすい)能力や可能性、すなわち個人の雇用され得る能力、言い換えると、職場定着できる能力を確保する。スキルアップし、仕事の成果を上げ、会社に貢献する。それによって給与を受け取る、そうやって稼ぐのです」。おっしゃる通りでございます、と分かっていても深いため息をつく僕だった。(つづく)=釜島辺(かましまへん)

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