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シニアライター釜島辺の「求職セミナー体験記」(6)「長生きリスク」とライフプランニング

 シニアの僕にピッタリの内容のセミナーを見つけた。老後の「ライフプランニング」をテーマにしたものだ。人生設計に無頓着で生きていた僕だが、多少なりとも家計の数値を含む基礎知識を身に着けようと思ったのだ。なにしろ、年金生活者になったから安泰というわけではない。やれ保険料、税金だと、みるみる目減りしていく貯金額に「このままだと大変だ」と思い始めたからである。

社会保険労務士の女性講師

 この手の自治体主催セミナーが数多くあることを僕は知らなかった。ニーズが高いのだろう。受託会社が貸事務所を使って開催する形も多い。この日の講師は社会保険労務士の橋本香苗さん(仮名)。受講者は男女半々くらいか。女性はみな姿勢よく着席しているが、男性は配布された資料を見ずに腕を組んで渋い顔をしていたり、スマホをずっと見ていたりして気乗りしないのがありありという人がいる。失業手当をもらうための形ばかりの求職活動なのだろうか。「おっさん、アカンやんか」(自戒を込めてつぶやく)

 シックなスーツ姿で登場した橋本さんはそんな光景を気にするふうもなく、「知り合いの社長さんが『とにかく人が足りない』とおっしゃっています。コロナ禍が落ち着いたら、さらにそれが深刻になるそうです」と話し始めた。現場の空気を吸っている人だと察しがつく。テキパキとした話しぶりから、講師という仕事への誇りと熱意が伝わってくる。

人生100年時代への準備

 ライフプランニング(人生設計)とはなにか。橋本さんによると、「ご自分の人生のシナリオを具体的に計画すること。いつ、どこで、だれと、どんな生活を送りたいのか。その目的を実現するために計画を立てる」ことだという。そうそう。僕らシニアはダラダラ過ごしてはいけないのだ。

 さらに橋本さんは「日本の平均寿命は男性が81・64歳、女性が87・74歳。人生100年時代へ向かっています」と、2020年に男女とも過去最高となった数字を挙げ、「長期的視点」の必要性を指摘し、「セカンドライフでは十分な時間がありそうですが、生涯必要資金計画、つまり『長生きリスク』への準備も求められます」と強調した。「年金の足し」が必要な身である僕をピンポイントで狙うかのようだ。

 「年金だけでやっていけるか」「今後どれだけのお金が必要か」。これが僕のような定年シニアが人生を考える上での最重要キーワードだという。「ライフプランをしっかり立てて、お金の収入、支出を〝見える化〟することで、家計の数値の変わり方が把握できます」とピシャリ。資料には年金の仕組みなどがびっしりと書かれている。

アッという間に資金はなくなる

 ぼんやりしていた僕を覚醒させるような注意事項が資料に並ぶ。「人生のビジョン、目標、やりたいことを考える」「これまでの振り返りと自分の現状の確認」「目指すところに向けたライフイベントを予測する」「リタイア後こそ予算などの計画性が必要」などなど。特に「資産、負債の状況把握とライフイベントに合わせた資金計画、家計の収支表を作る」ことが大事だといい、「資金はアッという間になくなってしまいます」と釘を刺されてしまった。

 ライフイベントとは、住宅リフォーム、旅行、子どもの結婚支援、車の買い替え、親や自分の葬儀、墓地や墓石の購入などで、それらが必要な時期、かかる費用のイメージをあらかじめ把握して生きましょう、ということだ。はっきり言って苦手な作業だ。いつも、出たとこ勝負だった体質が染みついてしまっているのだ。

 資料をめくると、厳しいデータが並んでいる。「人口減少時代のインパクト」(日本は2007年から65歳以上の比率が21%を超えた超高齢社会に突入)、「シニア期の就労について」(内閣府の調査では、全体の59%が65歳以降の就労意欲を持っている)……。

 このセミナーでは「支出の見直しのポイント」が挙がった。「ムダ、ムラ、ムリ(ダラリ)の排除」のため、「お金の使い方を詳しくチェックする(家計簿)」「優先順位を付けてムダを省く(必要性)」「規則正しくムラのない支出になっているか」「現役時代と比べてムリがないか(支出増減)」「固定費を削減して家計をスリムに(住居費、リフォーム、通信メディア費、携帯電話、保険、会費、車両費、小遣い……)」である。ボーっとしていたらダメですよ、と言われているような感じだ。

自分のキャリア棚おろし

 ライフプランニングに向けて自分を分析するために必要な作業も示された。「自分の強みを探す」「価値観の確認」、そして「ライフイベント表」「家計の収支表」「ライフプラン表」の作成で、そのためにキャリアの棚おろしや、今後の人生のイベントを確認し、資金などの計画表を作るのだという。しかもこうした作業を「人生において継続して自らに問いかけてください」と橋本さんは呼びかける。

 こうした講座でよく聞く「キャリアの棚おろし」という言葉だが、キャリアには内的キャリア(主観的)と外的キャリア(客観的)があり、橋本さんは「シニア世代になると内的キャリアの重要性が増してきます」と解説した。やりがい、興味、使命感、充実感などが内的キャリアだ。職歴、業績、地位、処遇、評価などの外的キャリアはそれほど考えないのは僕もそうだ。資料には、それを記入しながら確認するワークシートも付いていた。

シニア世代に贈る言葉

 身が引き締まる説明が続いたが、橋本さんは僕らシニア世代を励ます言葉をしっかり用意していた。①仕事や生活面での能力の維持・向上に努力する②働くことは健康、人間関係、能力、社会参加の維持になる③無形資産(経験や知的資産)を意識して強みとする――の3つである。最後の「無形資産」に僕は「我が意を得たり」と大きくうなずいた。

 新聞記者という仕事柄、僕は自己投資を意識してきた。書籍を買いあさり、美術館や博物館や映画館で時代を体感し、視察や旅を重ね、いろんな人と飲み食いし、時代感覚のインプットに努めてきた。そうやって人脈や知識など「無形資産」を蓄えてきたからだ。

 そうした蓄積も生かしたい。もちろん最新情報を補うなどのメインテナンスをしなければ、せっかくの「無形資産」は時間とともに劣化していく。多少の手入れをする作業も必要なので、フルタイムの労働より、短時間労働で少しでも「年金の足し」を求めていきたい――とか殊勝なことを書けばいいのだが、帰りがけ、赤ちょうちんが揺れる路地に足が勝手に向かう。稼いでもいないくせに「宵越しの銭は持たねえ」とうそぶき、美人女将が待つ小料理屋の暖簾をくぐるのだった。(つづく)=釜島辺(かましまへん)

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