シニアライター釜島辺の「求職体験記」番外編①言うは易し、行うは難し

 履歴書で不採用!?

 新米老人として職安で仕事の心得や実践知識を学んだ日々を「求職セミナー体験記」と題して昨秋連載したが、実はその頃から半年間、西日本の某都市で暮らすことになった。新聞記者時代からその町で調べていたことをさらに腰を据えて掘り下げようと思ったからだ。いわばリタイア後の単身赴任だが、年金生活者ゆえ資金は限られている。そこで「少しでも小遣い稼ぎを」と仕事探しも始めた。その顛末を「求職体験記」番外編としてお伝えしよう。

あこがれの「チラシ配り」

 紅葉の社寺、見知らぬ街の散策が興味深く、新たな交流の場にも出かけていったが、「おもしろそうなアルバイトがあれば挑戦しよう」と機会をうかがっていた。そんな僕にぴったりと思った仕事が「チラシ配り」だ。

 「見知らぬ土地の隅々まで知ることができる」「歩くことで健康維持につながる」「空いた時間を有効活用できそう」――。そんなふうに考えたのは、自由な服装でチラシを各戸の郵便受けにはさみこむ先輩バイト諸氏の仕事姿がイメージにあったからだ。さすがに自宅周辺でやるのは恥ずかしいが、見知らぬ土地である。「知人に見られるわけではないし、誰の指図も受けずに黙々とマイペースで働けそうだ」。そう思い、「やりがい」とか「社会貢献」へのこだわりは引っ込めた。

草の花畑

腰を据えて、努力する覚悟

 仕事を得るのに、まず何をしたらいいのか。パソコンで「チラシ配り」「エリア」「シニア」などと打ち込んで検索してみた。すると、チラシを配る「ポスティング」の求人が続々と現れた。といっても、求人先と直接つながるわけではなく、アルバイトやパート採用の求人サイトが介在するシステムだ。

今後のご健勝をお祈り申し上げます

 深まる秋の朝、まず身近なエリアの求人を扱っている求人サイトにつないでみた。会員登録の手続きの案内メールが即座に返信されてきた。「ログインID」「パスワード」を放り込んでサクサクっと登録完了。サイトを通して、徒歩圏内で求人を出していた古美術店「文殊堂」(仮名)に応募した。

 面接可能な曜日と時間帯を「●曜日 9:00 ~ 12:00 /●曜日 12:00 ~ 17:00」といった具合に記入し、古美術店宛に以下のメッセージを付けて送った。

≪古美術「文殊堂」(仮名)御中

来年2月まで近くに間借りして、教育、文化関係の調査、研究をしています。空いている時間を有効活用したいと考えて応募しました≫

 メッセージ送付から3時間足らずの昼過ぎ、求人サイトからメール返信があった。

≪応募した企業からメッセージが届いています。下記URLより、新着メッセージ内容をご確認ください≫

 素早い反応だ。面接の日程を伝えてきたのだろう。「きっと人手不足で一刻も早く採用したいのだろう。これで決まりだな。しめしめ」。そう思って、URLをクリックした。するとこんな言葉が現れた。

≪古美術「文殊堂」の 採用担当です。

このたびは弊社にご応募いただきまして、誠にありがとうございました。

頂戴しましたWeb履歴書をもとに選考を進めさせていただきましたが、残念ながらご希望に沿えない結果となりました。

 限られた採用枠に対して多数のご応募をいただいており、慎重に選考を進め、判断させていただいた結果でございます。誠に恐縮ではございますが、何卒ご理解の程お願い申し上げます。

末筆ではございますが、今後のご健勝をお祈り申し上げます≫

 「ガビーン! ご希望に沿えないって、つまり不採用?」。求人サイトに登録した際の経歴に何か悪いことでも書いたのだろうか。いや、心当たりはない。面接の希望日程がややこしかったのだろうか……。店宛のメッセージに「教育、文化関係の調査、研究をしています」なんて書いたことが「うるさそうなヤツだ」と思われたのか……。履歴書を理由に振り落とされたショックは小さくない。近所を散歩感覚でポスティングしながら、骨董の世界の裏事情でも探ってやろうと応募したのに……。ささやかな夢は砕かれてしまったのだ。

世間の風は冷たい

 「チラシ配りでも採用は甘くないぞ」。楽観的な気分は吹っ飛び、しばし呆然とした。しかも、ここまでの過程で人間のナマの声を聞いたわけではない。すべてパソコン画面の機械的なコミュニケーションだ。これが現実のデジタル社会というものか。そんな僕を慰めるかのように、窓から黄色に色づき始めたイチョウ並木が生命の輝きを放っていた。

苦難のスタート

 そのころ近所の配達専門のピザ屋もポスティング要員を探しているとの情報をキャッチした。ところが条件欄に「ユニホーム着用」とある。ためしに店の前まで行って観察していると、ピザの配達に出かける真っ赤なユニホームの若者が見えた。「あれを着るのか」。いくら還暦過ぎだからといって、ちゃんちゃんこじゃあるまいし。スポーティーな赤いユニホーム姿でチラシ配りをする自分の姿は想像を絶する。「これだけは勘弁してほしい」。尻尾を巻いて退散した。

 部屋に帰って、ふとパソコンを開けば、〝傷心〟の僕におかまいなく、登録した求人サイトからじゃんじゃんメールが届いている。「希望にマッチした新着求人」「基本定時で帰れる!」など威勢のいい見出しが並ぶ。そんな誘い文句や条件より、ただ僕は近所を歩いてチラシ配りするだけでかまわないのに。そう、「最低賃金でもやりまっせ」の覚悟だ。なんというミスマッチなのか。この求人サイトのメール攻勢は別の機会に詳報するとして、バイト探しはスタートから暗雲に包まれてしまったのだった。

(つづく)=釜島辺(かましまへん)

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