
シニアライター釜島辺の「求職体験記」読者編② 介護Uターンの元教師(上)
「なにこれ、貯金がどんどん減っている。なんとか稼がないと大変なことになるわ!」――。
東日本大震災で津波に襲われた三陸地方の小学校教師だった中野智子さん(仮名)は定年退職して西日本の故郷に戻った。母親の介護のためだが、初めて収入のない生活となって預金通帳の数字を見て愕然とした。まず失業手当の支給を受けるためハローワークに通い、さらに深夜のコンビニバイトをやろうと決意して研修が始まった途端、予期せぬ災難に遭遇した。
そんな中野さんの奮闘ぶりを2回に分けてお伝えする。

「母の介護を」。故郷に帰る
職安窓口で号泣
未知の世界だったハローワーク。その初日は失業手当(基本手当)を受給するための説明会だった。そこに現れたのが強い口調で不正受給を戒める女性講師だった。「不正をしたら……」「期日に遅れたら……」。そうたたみかけられ、身をすくめた。「終始脅されているようで自分が惨めで切なくなりました」と振り返る。それでも気を取り直し、規定の90日分の手当は受けようと、2回目の訪問は就職相談の窓口に向かった。
「なぜハローワークに来たのか、介護と仕事は両立できるのか」。そんな言い訳や謝罪の言葉を考えながら順番を待ち、いざ窓口へ。萎縮して座り、親の介護を抱えて限られた時間しかないことなどを正直に伝えた。すると、男性職員は表情をやわらげ、「難しい条件の中でもできる仕事を探せばいいですよ」と励ましてくれた。身をこわばらせていた中野さんは緊張の糸がプツンと切れ、その場で「うゎ~」と感激のあまり号泣してしまった。
母の介護をしながらの勤めは無理かと思っていた中野さんだったが、思わぬ励ましを支えに次々と説明会に参加することにした。これも求職活動の一環として認められているからだ。
興味優先の会社説明会
「介護との両立なんてできるはずない」。そう思っていても、「流されやすい自分だから、窓口で紹介される会社に直接応募して、そのまま決定となったら怖い」。少し猶予期間が欲しいと思った中野さんはまずハローワークで行われる会社説明会から探っていくことにした。
「そうとなれば、仕事自体に謎があって興味深い会社を冒険して選ぼう」。ゆとりができると開き直って当たれるものだ。「もうやけくそ!」の心境で最初にタクシー会社の説明会に参加した。

飛び降りるには高すぎる?清水の舞台。不安が募る
「お客さんがいないときは、自由なのかな?」「それなら合間に介護をするってこともできる?」。頭の中であれこれ想像した。就職後に二種免許を取得できるよう援助があると知り、「至れり尽くせりだわ」と前のめりになる。やけくその割には就職を前提に考え始める自分がおかしい。
ところがどっこい。タクシーの位置は会社がすべて把握できると知って驚いた。「それじゃ、運転の合間を縫って母の様子見なんてしてたら、自宅に帰っているのバレバレなんだー!」。浅はかな考えが吹っ飛んだ。
次に選んだのが大手回転寿司チェーン店。「純粋にお寿司好き!」「お皿洗いやホールなど私でもできる仕事いっぱいありそう!」。そう思って説明会に参加したところ、人がほとんど不要なバックヤードの仕組みを聞いて仰天。食器洗いはもちろんのこと、ご飯を炊くのも、シャリを握るのも全自動。人は寿司ネタを切って乗せるだけ。「ここまで進化しているとは……」。絶句した。
介護職も塾講師も断念
一方、「可能性ありでは?」と説明会に臨んだ介護の仕事だと、作業を求められる時間帯が自身の親の介護のそれと完全に重なってしまうことが分かり呆然とした。
ちなみに母親の介護は、着替えや食事、入浴などの日常生活の補助はもちろん、病院受診や美容院、買い物などの送り迎えもある。結局は時間的に融通が利く就職先でなければ働くのは難しい。
「こんなの無理に決まってる!」「でも、奇跡的な会社が存在するかも!」「いや、ないだろう〜」。ああだこうだと考える自分自身に呆れ、ほとんど諦めの境地で説明会に参加し続けたが、現実は甘くなかった。
「それなら昼間の隙間時間を活用しよう」。そう思った中野さんは家庭教師派遣会社に応募してみた。「ダメでもともと」と思いつつ、最寄りの塾を紹介してもらうことにした。「たとえ1コマでも準備に3、4時間必要」「こんな田舎でニーズがあるのか」。
いろいろ考えているうち、近所の塾から電話があった。ところが想像しなかった「マンツーマンの完全個別指導」で、しかも「ほとんどが受験対策の中高生」と言われ、「さすがに元小学校教師の私ではお役に立てそうにない」とこれも諦めてしまった。

激励のメッセージ(ある飲み屋のトイレにて)
残るは深夜業務か
とはいえ経済的な不安は増すばかり。そんな時、郵便受けに入っていたのがコンビニ店員の募集チラシだった。「これなら母が寝ている間に働けるかも」。母親の就寝後の深夜勤務を思い立ち、早速面接を受けたところ、昼間の研修を条件に採用が決まった。
「やけくそ」で挑んだ求職活動だったが、ハローワークで求職活動の最終認定日に、「仕事が決まりました」と報告することができてホッとした。想像以上に就職は難しいものだと痛感したが、「教育現場しか知らなかったので興味深くて楽しかった」と思えたことがせめてもの慰めとなった。
ところが、コンビニの研修が始まった矢先に、なんと家族もろとも新型コロナウイルスに感染してしまったのだ。
=(つづく)
【まとめ、写真・釜島辺(かましまへん)】