シニアライター釜島辺の「求職体験記」番外編⑤おせち料理の裏方

 職安で見つけた割烹料理店のおせち作りの裏方仕事。その面接を受けたのは師走も半ばを過ぎていた。料理の達人である大将(店主)に必死の思いで採用を乞い、26日から30日までの5日間、懸命に作業に励んだ。学生時代から40数年ぶり、初老となった僕のアルバイト体験を報告する。

大将の面接

 「ごめんください」。12月18日、面接で訪れた店の玄関で声を発した。ほどなく大将の越川吾一さん(仮名)が現れ、僕を奥の和室へと促した。ところが履歴書を受け取ると、その文面を見て、「うーん」とうなり黙り込んでしまった。「何かまずい展開だな」と身構えていると、「こういう方は雇ったことがないし、ウチでやってもらっていいのかな」と独り言を漏らす。

 戸惑う大将を見て、「ひょっとして具合悪かったかな」と履歴書の記述内容に思い至った。会社をリタイアして自宅から約500キロ離れた町で間借り生活しているという、いかにも怪しげな応募者だからだ。大学非常勤講師という経歴も正直に記入したせいか、大将は小声で「先生ですか……」とつぶやき首をひねっている。

情に訴える

 ちなみに履歴書には「ノンフィクションライター(現在に至る)」と記入し、「志望の動機」欄には「約40年の新聞社勤務の大半を記者として取材、執筆してきました。和食の魅力について深く理解したいと思い、さらに現場を体験し……(中略)。こうした経験を通し、ユネスコ無形文化遺産である『和食』の魅力を作り手の思いも含め世界に発信していきたいと考えています」とうたいあげた。ここが勝負だと熱意を示したのだが、裏目に出たのか……。

 「このまま黙っていると採用が遠のく」。そう直感した僕は大将の目を見てこう訴えた。「裏方あっての御馳走です。厳しく作業を命じられるのは覚悟しています。丁稚のつもりで来ましたので、どうかよろしくお願いします!」

 まさに懇願である。浪花節が入っている。頭を深く下げながら、これはサツ回り記者時代の「情にすがる作戦」と同じではないかと思った。デジャブ(既視感)である。大将は戸惑いながらも観念したのか、「朝早く来ていただくし、寒いですよ」と口にした。

 「よっしゃ!」。心の中で叫んだ僕は即座に「では初日は何時に来させていただきましょうか」「よろしくお願いします!」とたたみかけ、調理の現場に身を置く権利をなんとか手にしたのだった。

調理用キャップで作業

作業本番

 12月26日。初日を迎えた。畳間のバイト控室には中年女性が大勢いて、僕が顔を出すと、「あらま」という顔つきで一斉に振り返る(すんまへんな、こんなオッサンで)。ここで調理用キャップをかぶり、白い作業服を着る。ビニール手袋をはめ、最初はレンコンの穴に小豆を詰め込む作業だ。小豆が抜け落ちないようガーゼをかぶせて輪ゴムで止める。それを大鍋で大量に煮て、冷ましてから輪切りにするらしい。数百個のレンコンと向き合う作業が延々と続いた。

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