
ホンダが消える31 F1復帰で合成燃料のエンジン開発 妙案だけど二兎追う余裕がある?
また?こんなに繰り返されると、驚きません。むしろ「やっぱり」。ため息が出ます。ただ、合成燃料を利用したエンジン開発は必須の状況だったので、妙案といえば妙案。でも、二兎追うような経営戦略に思わず「ホンダが消える」の文字が蘇りました。
3年足らずで撤退から復帰へ
ホンダの三部敏弘社長は2023年5月、F1(フォーミュラーワン)に2026年から復帰すると発表しました。遡ること2年8ヶ月前の2020年8月、当時の八郷隆弘社長が電気自動車(EV)の開発などへ経営資源の投入する目的でF1撤退を表明しました。
三部敏弘社長は八郷社長が撤退表明した8ヶ月後の2021年4月に社長就任しています。八郷社長からみれば、F1撤退を次期社長に先送りするせずに決断した形です。F1は100億円単位の開発投資が費やされる大事業ですが、わずか3年足らずで180度転換するとは予想できませんでした。
F1のエンジン規定変更が背景に
三部社長はF1を巡る環境が変わったと説明します。自動車レースの最高峰であるF1も2030年のカーボンニュートラル実現をめざしており、エンジンの規定が2026年から大幅に変更します。再生可能エネルギーを利用して製造される合成燃料の使用が義務化されるほか、走行性能を引き出す最高出力はエンジンと電気モーターそれぞれ50%の比率で生み出す必要があります。
「F1が、Hondaの目指すカーボンニュートラルの方向性と合致する、サステナブルな存在となり、私たちの電動化技術を促進するプラットフォームになること。これが、Hondaとして再びF1にチャレンジする大きな理由の一つとなりました」。三部社長はコメントしています。
ホンダは1964年のF1参戦後、撤退と参戦を繰り返しています。私が取材していた1980~90年代は、アイルトン・セナとアラン・プロストを抱えて16戦15勝する圧倒的な強さを誇った黄金期でした。その後、ホンダは経営が悪化するたびに撤退、そして復帰を繰り返します。
ホンダにとって渡りに船
今回の復帰は「なるほど妙案だな」と肯けます。エンジンの規定変更はホンダにとって渡りに船でした。2040年までにEVと水素を燃料としたFCVに全て切り替えると宣言していますが、電力インフラが不足する新興国ではエンジン車が走り続けます。クルマを世界販売しているホンダにとって、すべてEVに転換する経営的なリスクは無視できません。
EU(欧州連合)のEV政策も予想通り、軌道修正されました。新車販売はEV一色に染め上げる方向でしたが案の定、ドイツが水面下で強く抵抗しました。VW、ベンツ、BMWなど国の経済を支える基幹産業が一気にエンジンからEVへ切り替えられるわけがありません。EUは条件付きでエンジン車の販売を認めることになりました。その条件が合成燃料、e-Fuelの利用でした。
EUも合成燃料のエンジ車を認める
EVシフトが出遅れている日本はじめ世界の多くの国で合成燃料を利用したエンジン車が新しい市場として浮上するのは確実です。ホンダもEV全面転換を加速しながらも、合成燃料に適したエンジン開発が急務でした。正直、EV全面転換の宣言に縛られて、合成燃料を使ったエンジン開発はどう進めるのだろうかと首を傾げていました。それがF1への復帰を契機に新たなエンジン開発の体制を組み直すととも、エンジンと電気モーターを活用したハイブリッドの進化系の研究開発もできます。過去のF1参戦は欧州の高級車を追うブランド戦略の一環でしたが、今回はホンダの経営戦略そのものに直結。最も実利をもたらすF1になるのではないでしょうか。
しかし、F1は100億円単位の開発費を食う大事業です。片手間ではできません。しかも、ホンダの四輪車事業は儲かっていません。EVはソニーとも組んでいます。カネとヒトにそんなに余裕があるのでしょうか。
撤退を決断した八郷社長は「ホンダはいなくなる」と
八郷社長は2018年4月14日号の東洋経済誌で「ホンダにしかできないエッジの立たせ方をしないと、ホンダはいなくなる」と吐露しています。創業者の本田宗一郎、藤沢武夫の2人が築き上げた「ホンダドリーム」はすでに霞み、トヨタ自動車や日産自動車と同じ匂い、色合いを感じる自動車メーカーになっていました。八郷社長が2015年6月に就任してから3年過ぎようとしている時です。ホンダの前に立ちはだかる壁の厚さに立ちすくみそうな怖さを覚えたのでしょうか。
2026年からF1の本格参戦が始まれば、合成燃料を利用したエンジンと電気モーターを組み合わせたハイブリッドシステムが話題になるでしょう。市販車への応用も囁かれるに違いありません。そうなれば、2040年を目標にしたEV全面転換の宣言は空証文になってしまう恐れもあります。
ホンダの経営戦略を振り返ると、大きく右へ、左へ触れる歴史です。その振り幅が大きいほど経営も大きな打撃を受けています。今回のF1復帰も、ホンダの経営を予想以上に左右しそうな気がします。