
隈研吾と安藤忠雄に染まる日本建築 黒川紀章の中銀カプセルはもう現れない?
ニューヨーク近代美術館が建築家、黒川紀章さんが設計した「中銀カプセルタワー」を紹介する展示会を開いています。タイトルは「The many Lives of the Nakagin capsule Tower」。中銀カプセルタワーに刻まれた多くの都市生活に焦点を合わせ、歴史的遺産として高く評価しています。
NY近代美術館が「中銀カプセル」展示会
1972年、東京・銀座に140個のカプセルで構成されたタワーが完成しました。あらかじめ工場で造形されたカプセルはまるで増殖しているかのように積み上げられ、建物というよりはブドウの房の塊に見えます。
ニューヨーク近代美術館が「アパートではない」と説明する通り、カプセル状の個室は一通り生活できる設備が揃っているものの、セカンドオフィス、音楽や絵画などアートを創作するスタジオ・アトリエなど住居以外のさまざまな用途に利用されました。
球形のガラス窓がトンボの複眼のように周囲を見渡している奇抜な外観です。銀座のランドマークになりましたが、1960年代に黒川紀章ら若手建築家が提唱した都市生活の新陳代謝を意味する「メタボリズム」を象徴する作品でもありました。
1970年代、日本経済は高度成長期から絶頂に向かって駆け上がっている最中でした。東京には多くの新しいビルが立ち並び、地下鉄など交通機関が網の目のように張り巡らされ、人の流れは24時間絶えることはありません。
東北から上京して銀座で初めて中銀カプセルタワーを見た衝撃はよく覚えています。四角い積み木を片手で掴んで、ぐちゃっと山積みしたビルが目の前に。「東京って、こんな変な建物でも違和感がない都市なんだ」。近未来の日本人がタイムカプセルで時空を超えて訪れ、好き勝手にビルを建てたのか? 都市の新陳代謝というよりは、周囲の風景を消し去ってしまうエネルギーを感じました。
カプセルの集合体は才能のダイナミズムを予見
建築物は人間が利用するものですから、住民や社会生活の変化に合わせて進化していくのは当然。中銀カプセルタワーは完成した1972年以降も、カプセルに住み着いた人間によって自ら新陳代謝を繰り返し、その時代、その時代に適した建物に増殖していたと思っています。残念ながら、老朽化によって多くの論議が渦巻く中で2022年に取り壊されましたが、黒川紀章さんが示した問題提起は今も世界中を駆け巡っており、ニューヨーク近代美術館の展示会はその一端に過ぎません。
日本には才能あふれた建築家が溢れています。妹島和世、西沢立衛の2人で構成する建築ユニット「SANAA(サアナ)、山本理顕さんの作品は個人的に大好きで、いつも魅了されます。
毎回実験を兼ねて設計していると勘違いしてしまう磯崎新さんには多くの刺激をいただきました。絶えず挑戦する姿勢にいつも励まされました。磯崎さんは中銀カプセルタワーで表現したメタボリズムに賛同せず、丹下健三門下でありながら師匠の丹下健三、同期の黒川紀章らと数多くの論争を続けました。これこそが多くの才能をカプセルの集合体として包含、日本の建築家のダイナミズムを生み続けたと信じています。
誰も彼も隈研吾、安藤忠雄
ところが最近は、大きな論争が見当たりません。隈研吾、安藤孝雄2人の巨匠が席巻し、日本の建築は一色に染まるかのような印象を持っています。2人の才能、業績は説明不要ですし、疑問を挟むほど無粋ではありません。素晴らしい建築がどんどん誕生するのは大歓迎です。
しかし、この高い人気が建築そのものよりも、「この巨匠に注文するのがステータス」と捉えている向きが増えているのが理由だとしたら大問題です。
新国立競技場の建設のドタバタ劇もあって、急な設計にもかかわらず成功に導いた隈研吾さんです。テレビ番組に度々登場する誰もが知っている有名人。観光やグルメなどテレビ番組で登場する建物は「隈研吾さんが設計」と連呼します。まるで観光名所の呼び込みです。能登半島地震で壊滅的な被害を受けた日本一の旅館「加賀屋」が再生に向けて建設する新館は隈研吾さんに発注しました。その知名度の高さは、集客力の強さと比例しているのでしょう。
苦笑せざるを得ない案件もありました。ハズキルーペの大ヒットなどで巨利を得た経営者が障害者教育に尽力した学園の経営権を握り、先生や生徒に対する横暴な発言によって週刊誌や新聞で話題になっていますが、名誉回復が狙いなのか学園の新たな目玉として突然、音楽ホールを建設します。その設計者は隈研吾さん。
「あえて隈研吾さんを選ばない決断があってもよかった」。福島県浪江町の復興に尽力する町民の声です。東日本大地震の福島第一原発事故で全住民避難を余儀なくされた浪江町ですが、復興のシンボルとして進めている駅前開発を隈研吾さんに依頼しています。「全国どこにでも隈研吾さんの建物が溢れてしまい、浪江町に完成しても何のアピールにもならない」と男性は説明します。
安藤忠雄さんは美術館で大人気。最たる例はベネッセグループの総帥、福武總一郎さんが注力している瀬戸内海の美術館群。海外からの観光客が押し寄せる美術の大イベントの舞台として高く評価されていますが、アート作品よりも安藤忠雄さんの美術館そのものがイベントの目玉のひとつ。その腕前は世界最大の美術コレクター、フランソワー・ピノーさんも評価しており、自らのコレクションを収納するパリの旧商品取引所を美術館改装する際に依頼しています。
隈、安藤の両氏が日本の建築界を一色に染め上げるのは杞憂だとわかっています。両氏とも多くのスタッフと共に設計していますから、新たな才能とアイデアが注入され、設計した建築が画一化してしまう心配はしていません。
設計図より権威を求めて発注するなら、建築の未来は崩れる
ただ、発注する側が「権威」だけを求めていたのなら、建築の未来はありません。設計図よりも建築家の名前に巨額のお金を支払うとしたら、建築家の否定です。お金ももったいない。
中銀カプセルタワーの魅力はいろんな才能をひと飲みにしてしまうビルの外観にあります。それは日本の建築界のダイナミズムを予見しました。巨匠が支配してしまったら、ダイナミズムは消えてしまいます。