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日本一の旅館・加賀屋、小田禎彦さんが復帰 次代を担う継承はぬるま湯では育たない

 石川県能登半島の和倉温泉を代表する旅館「加賀屋」で小田禎彦さんが10月末に社長に復帰するそうです。小田さんは加賀屋を日本一の旅館に育て上げ、ホテル・旅館の世界ではカリスマ経営者として知られています。2014年に息子さんの小田與之彦さんを社長に据え、自らは経営から距離を置く相談役に退き、後継の育成に努めていました。それが8年後の2022年10月、突然の社長復帰。後継社長で揺れている日本電産と違い株式を上場している企業ではありませんが、もう30年以上も取材などを通じて加賀屋の経営を見てきただけに、後継者育成の難しさを改めて痛感しました。

日本一の旅館として全国で知られる

 加賀屋をご存知の方は多いはずです。日本一の旅館として選ばれ続け、旅行会社のパンプレットを開けば北陸観光の目玉商品として和倉温泉・加賀屋のタイトルが光っています。その人気は凄まじく、北陸新幹線が開通した時、富山県を飛び越えて和倉温泉に観光客が集中し、予約が取れない状況に。「北陸新幹線の列車名『かがやき』は実は『加賀屋行き』と陰で言われた」と小田禎彦さんが苦笑していたのを覚えています。

 小田さんは後継者である與之彦さんに英才教育を施しています。慶應義塾大学卒業後、丸紅、シェラトン・ワイキキ・リゾートホテルを経て、ホテル経営学で有名なコーネル大学にも留学。加賀屋に入社した後、2008年に日本青年会議所会頭にも就いています。社長就任は2014年。もちろん、小田さん直伝の旅館経営の理念を叩き込まれ、奥様の若女将とともに励んでいると聞きました。

 継承のハードルは分厚く高い

 しかし、目の前に立ちはだかるハードルは予想以上に分厚く高いのです。小田さん自身、同じ苦しみを味わっています。加賀屋の名声を築いたお母さまである女将の小田孝さんが越えに越えられない大きな目標でした。

 孝さんが嫁いだ昭和14年の加賀屋は部屋数20室。「お客様第一」を徹底し、料理の選定、客のお迎え・お見送り、部屋への挨拶回りすべてに全精力を注ぎ、早朝も深夜も姿を見せるので「化けもの」と呼ばれたと自伝で明かしているほどです。今でも歴代の女将が継承していますが、旅館を離れる時に客の姿が見えなくなるまで頭を下げ続ける女将・孝さんの風景は、旅館・加賀屋のアイデンティンティともいえるものでした。

 数々の有力温泉旅館が集まる北陸でも、経営規模、サービスの高さなどいずれの分野でトップクラスの評価を得るまで上り詰めたのも女将・孝さんの存在があったからといわれています。

 その息子の小田禎彦さんはどう乗り越えたのか。旅館経営の常識を打ち破る発想で加賀屋ブランドを再構築します。高層型の「能登渚亭」を建設するとともに、御膳などを配送する作業を機械化して人手の負担が重い裏方役を合理化しました。仲居さんらの寮を充実させ、仕事へのやる気を引き出し、結果的に加賀屋のサービス向上につなげます。

 有名なタレントやプロ野球選手らとの人的ネットワークを広げ、テレビなどメディアでも加賀屋が頻繁に登場。加賀屋は日本で最も知られる旅館の一つに数えられるようになりました。台湾にも進出。台湾からの日本観光のルートとして組み込まれ、インバンドの取り込みも先手を打っていました。

 後継である與之彦さんにとっても、父親である禎彦は超えなければいけない存在でした。

予兆はあった。それは食中毒

 社長が息子から父親へ再び戻る人事は業種、経営規模に関わらず異例です。ただ、予兆はありました。與之彦さんが2014年に社長就任してから2年後、2016年9月に加賀屋で食中毒が発生したのです。夕食を食べた男女15人が腹痛や下痢などの症状を訴え、食中毒菌の腸炎ビブリオが検出されました。

 「お客様第一」「できない、ありません、わからないは言わない」などを経営の主軸に据えている加賀屋です。食中毒の発生は考えられないことでした。厨房、料理、配膳などの流れは旅館の評価を決める重要な経営の柱です。絶対にあってはならない食中毒の発生は、経営の歯車がどこかで狂い始めている警鐘でした。

 加賀屋は和倉温泉を中心に全国で飲食店、菓子店などを展開しています。台湾でも有力ホテルを運営しています。企業の評価は事業収益に現れる経営指標だけではありません。その企業の存在が社会、従業員にとっていかに重要かも問われています。とりわけ温泉旅館は長年の時間をかけて築き上げた評価がその地域経済を支える役割も担い、また期待されています。しかし、次代への継承は企業経営にとって最重要課題であり、最大の難問です。

再起に向けた奮闘を祈ります

 與之彦さんは福井県あわら市の旅館を任され、再び旅館経営のイロハを学び直すそうです。再起に向けた奮闘を期待しています。

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