• ZERO management
  • カーボンニュートラルをZEROから考えます。

5兆円が教えるトヨタの病巣 ハイブリッドに続く次世代の世界標準も主導できるか

 「トヨタ自動車がハイブリッド車に続き、再び世界標準を獲りに来た」。こう感じたのが2014年12月に世界で初めて燃料電池車「MIRAI(ミライ)を発売した時です。水素を利用する燃料電池車はCO2などを排出せず、マフラーから漏れるのは水だけ。カーボンニュートラル時代のモビリティの理想です。

燃料電池車の特許を無償公開

 大気汚染や地球温暖化の元凶といわれた自動車。CO2など排出ガスを抑制するため、エンジン車→ハイブリッド車→EV(電気自動車)→燃料電池車で進化するといわれています。トヨタは1997年12月に世界で初めてハイブリッド車「プリウス」を発売し、欧米に先駆けて「環境にやさしいクルマ」の世界標準を手にします。

 当初は販売すればするほど赤字を生むといわれたハイブリッド車「プリウス」ですが、発売から26年間が過ぎた2024年3月期でトヨタに5兆円超の営業利益をもたらします。ただ、発売当初から「ハイブリッド車はEV、燃料電池車への中継ぎ」と明言していました。ハイブリッド車の先を睨んだトヨタはEV開発に力を入れながらも、EVを超えて燃料電池車でも世界標準への布石を打ち、21世紀の「ミライ」を主導するつもりでした。

 本気度は破格ともいえる特許権の公開でよくわかります。翌年の2015年1月6日、燃料電池関連の特許実施権5680件を無償公開しました。内訳は燃料電池スタック、高圧水素タンク、燃料電池システム制御など。燃料電池車の開発、生産の基幹となる重要な特許は期間限定ですが、水素供給・製造など水素ステーション関連は燃料電池車の普及に欠かせない社会インフラですから、無償期間は無期限。

燃料電池車、EVは社会インフラの構築が難問

 燃料電池車の特許をなぜ無償で公開するのか。エンジン車に代わって街を走る回るためには、数多くの高いハードルが待ち構えていたからです。まず水素の取り扱い。燃料電池車は水素と酸素の化学反応によって発電した電気を使い、モーターを回して駆動力を生み出しますが、水素は爆発しやすく高圧タンクで安全管理しなければいけません。供給する施設もほとんどありません。駆動系の設計はじめ安全管理、燃料供給の社会インフラなど全てゼロから構築するしかなかったのです。

 特許権の無償公開は世界の自動車メーカーやエネルギー産業を巻き込んで、カーボンニュートラル社会に必要なインフラを構築する思いが込められています。しかし、それはトヨタ方式の燃料電池車が世界標準になることを意味します。ライバルの自動車メーカーにとって「はい、そうですか」と簡単に特許権を利用するわけにはいきません。ハイブリッド車での苦い経験を忘れるわけがありませんでした。燃料電池車は、技術開発、社会インフラそれぞれの遅れが重なり、燃料電池車に賭けた野望は失速中です。

日本車の強さは世界標準を握り続けたこと

 元々、日本の自動車メーカーの強さは欧米に先駆けて、排ガス規制や燃費向上面で世界最高水準の製品を供給できたからです。日本車が米国で躍進し始めた1970年代、米マスキー法に代表される排ガス規制が厳しくなる一方、石油危機でガソリン価格は高騰しました。ホンダが世界に先駆けてマスキー法をクリアするCVCCエンジンを量産化し、米国市場でホンダブランドの人気を確立したのが好例です。

 エンジンと電気モーターを組み合わせたハイブリッド車も常に技術開発で世界標準を握り続ける日本車の強さを証明しました。1980年代から2010年代まで、日本車が世界市場でヒットし、トヨタが自動車メーカー世界一の座を制したのも当然です。

欧米、中国はEVで主導権を奪還

 ところが、ハイブリッド車の次世代車のEVで躓きました。進化系でいえば燃料電池車の手前のEVで欧米、中国に先を越されてしまったのです。トヨタはEV開発で手を抜いていたとは思いません。ハイブリッド車の収益力の高さに目が眩み、さらにバッテリーや充電インフラなど燃料電池車で体験した同じ難問が目の前にあり、EVへの移行を躊躇ったのでしょう。

 「自動車の素人」と横目で眺めていたテスラが予想以上に躍進することに、心底戸惑っていたトヨタがその証拠です。ソニーが世界最高の品質を生み出したブラウン管「トリニトロン」に固執し、液晶テレビへの進出に二の足を踏んだのと同じ構図です。燃料電池車で見せた世界標準戦略がなぜ、EVに関して欠落したのでしょうか。

 欧米がEVに注力する経営戦略も、読み違えていました。ハイブリッド車で先を越された日本車が握る環境技術の主導権を奪うため、EC(欧州連合)や国の政策を巻き込みながらEVへまっしぐらに進むと予想できていたのでしょうか。

 欧米勢にも誤算がありました。中国の台頭です。自動車産業で遅れをとった中国政府は、深刻な大気汚染もあって国内市場をEVに転換する政策を推し進めます。エンジン、ハイブリッドという自動車の歴史を飛び越え、一気にEVで欧米、日本を追撃、抜き去る政策です。強力な政府支援によって中国勢は海外展開も加速、BYDは2024年にはテスラを抜き、世界トップのEVメーカーに躍進するでしょう。

トヨタは出遅れを取り戻し、奪還できるか

 EV市場はまだ普及期を迎えたばかりです。トヨタはハイブリッド車での成功体験から抜け出せず、次世代車のEV、燃料電池車で世界標準を握ることに失敗しました。2兆円の未来投資を飛翔板に再び欧米や中国に追いつき、リードすることができるのか。出遅れたEV戦略のツケは予想以上に重荷となってしまっているかもしれません。

◆写真は2015年1月のCESで トヨタ自動車のHPから引用しました。

関連記事一覧

PAGE TOP