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もう日本酒を気軽に飲めない?米価高騰、酒米の減少、海外客向け高級化でもう手が出ない 

「いやあ、値上げがすごくねえ、お客さんに申し訳なくて。これからも日本酒を飲んでくれるのか、心配ですよ」。毎年1回、訪れる山形県のお酒屋さんの店主が嘆きます。

値上げラッシュ

 地元の大手蔵元の値上ラッシュが止まらないそうです。値上げ幅は1升瓶換算で300〜500円が多く、全国で高い人気を集めている銘柄は700円も値上げしたそうです。日本酒一升瓶の価格は本醸造、純米、吟醸などで違うので単純比較はできませんが、売れ筋は1000円台から3000円台が占めます。それが300〜700円の値上げ幅を想定すれば、人気銘柄なら一升瓶1本が4000円前後となってしまいます。ここ数年の物価高騰を考えれば、日本酒の値上げもしょうがないと納得しますが、酒屋さんの店主は日本酒が「日本酒」と呼べない時代が訪れるのではないかのと危機感を覚えていました。

 嘆くのも当然です。ただでさえ日本酒の需要は右肩下がりで減り続けています。乾杯の音頭「とりあえずビール」はすでに死語。代わって若者を中心にサワーやノンアルコールドリンクを注文するのが当たり前で、日本酒や燗酒を飲む層はどんどん限られています。選択肢もワイン、ジンなどスピリッツ、クラフトビールなど多種多様に広がっています。

 日本酒も純米酒、純米吟醸、大吟醸などで人気を回復していますが、大幅な値上がりは再び日本酒離れを加速させます。なにしろ日本酒1升瓶が4000円以上になれば、750mlの中級ワイン1本と価格が並びます。いつもよりちょっとオシャレに夕食を楽しもうと考えたら、ワインが勝ります。異論のある方はスーパーのアルコール飲料の商品棚を見てください。日本酒は陳列する品数でワインに大きく引き離されています。

 もちろん、全国の酒蔵さんが努力して素晴らしい日本酒を送り出してくれています。日本酒の良さを再認識するというよりは、固定観念に縛られない新しい味、飲み方を提示しして需要層を開拓しています。山形県でお会いした酒屋さんの店主も、地元の大手酒蔵と一緒に全国の有名ブランドでは味わえない深みのある日本酒を開発し、自身の店名をラベルに刷り込んで販売しています。私はこのお酒を偶然に知り、すっかり惚れ込んで「うまい、うまい」と声を出しながら飲んでいます。

酒米の作付けが大幅減

 しかし、大幅値上げは日本の国内市場に確実にダメージを与えます。しかも、今年だけで終わりそうもありません。日本酒の高価格化は確実に進みます。

 まずは米の高騰。主食の米が不足で店頭価格が倍近く上昇した結果、日本酒の原料となる酒米の調達に悪影響を与えているのです。稲作農家は高騰する主食用米の増産意欲が高まり、酒米など加工米の作付面積が急減しており、前年実績で2割も減少する県もあります。蔵元では「酒造りに必要な酒米を確保できるかどうかが分からない」との声が出ています。

 山形県は日本酒を造る酒米の値上がりを受けて値上がり分の半額を蔵元に補助する事業を始める方針です。山形県には49の蔵元がありますが、補助金として4000万円を計上しています。この金額でどの程度の効果があるのかわかりませんが、農業を守るうえでも酒米の作付け農家、蔵元を支援する施策は全国で広がって欲しいです。

海外向けの味付けも

 値上がりは日本酒の高級化も拍車をかけます。世界的な和食ブームに合わせて海外ではワインなどに代わって日本酒を飲む習慣が広がっています。大手酒造メーカーは、欧米やアジアの好みに合わせた日本酒を開発して輸出を伸ばしています。最大手の月桂冠は京都・伏見の本社に日本酒好きの海外観光客に合わせて気軽に味見できる自販機を用意しています。訪れるインバウンドの観光客のほとんどがテイストしており、売れ行きを見ながら海外向けの商品開発を考えています。

 海外で人気の日本酒は香りが素晴らしい吟醸系がほとんど。品揃えも増えています。吟醸系はただでさえ値段が高いのに、店頭価格はどんどん上昇中です。高級ウイスキーで始まっている投資対象になるのではないかと心配になっています。そうなれば、日本酒と銘打っていながら、日本人が手に入らないアルコールになってしまうのでしょうか。かなり寂しい。

 山形県の酒屋さんの店主は蔵元にお願いたそうです。「多少の値上げは耐えますが、このブランドはかならず残す努力をしたい。日本酒のおいしさを伝えていきたい」。思わず、店主に頭を下げました。

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