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レンガが世界の鉄を制す 日鉄、黒崎播磨を完全子会社 電炉のコア技術を死守 

「レンガを制する者が世界の鉄を制す」。みなさん、信じられますか。レンガは人工知能、半導体など最先端技術の結晶と違い、土を固めただけのローテクと勘違していませんか。私もそうでした。

 実は日常生活で利用する製品の多くはレンガの知られざるパワーに助けられて、誕生しているのです。製造業の進化は数えきれないほどの技術が集積した歴史ですが、鉄鋼の進化もレンガが支えていました。ものづくりの源流とは何かを諭されました。

USスチールと並ぶ買収の狙い

 世界の鉄鋼市場で再びトップをめざす日本製鉄が打ち出した勝負手には驚きました。2兆円の巨額を投じた米国USスチール買収がようやく決着し、ひと区切りがついたと思っていたら、次に繰り出したのが耐火レンガメーカーの黒崎播磨の完全子会社化です。

 黒崎播磨は本社が北九州市で日鉄とは前身の八幡製鉄時代から提携しており、すでに日鉄が株式の46%を保有し経営権を実質握っています。にもかかわらず、2026年2月をめどに株式の買い付けを始めて100%の完全子会社化すると発表しました。黒崎播磨は賛同の意見を表明しているので、完全子会社化はすんなり進みます。

 買収金額は最大758億円。USスチールの2兆円買収と比べて小粒のM&Aに見えるかもしれませんが、その狙いは同等かそれ以上。単純な足し算引き算しか念頭にない投資ファンドに教えてあげたい素晴らしいM&Aです。

 鉄鋼の世界を知り尽くした日鉄の深謀遠慮は何か。ズバリ、レンガ技術の死守。日鉄の森高弘副会長兼副社長は「レンガは鉄鋼生産にとって必須で、品質競争力やコスト競争力を決める非常に大事な部分。100%子会社化で守る」と説明します。

素材を造る素材メーカー

 黒崎播磨ってどんな事業内容かイメージできますか。黒崎播磨がホームページで紹介している社員の思いです。以下を一読ください。

私たち黒崎播磨の製品は、普段の生活で目にすることはありません。
けれどあなたの住む家や、乗ったクルマや通る橋、
手に持っているスマートフォンにだって、私たちは関わっています。
決して目には見えないけれど、確かに社会を支えている。
それが、わたしたちの誇りです。

 一言で説明すれば、「素材のための素材」を生産するメーカーです。鉄やセメント、ガラスなどの素材は、2000度近い高温の環境で生産します。車、家電製品、スマホなど向けの高い精度の部品を生産するためには、微細加工を可能にする素材開発が必須。鉄など高温に溶解した素材の湯に触れてもびくともしないレンガなど耐火物がそのカギとなります。

 日鉄が黒崎播磨を囲い込むのも、脱炭素のために高炉から電炉への転換を進めているからです。USスチールの買収そのものが米国内の電炉設備や鉱山を手にするのが目的ですから、黒崎播磨は同一線上にあると見て良いでしょう。

 あえて完全子会社化するのもUSスチールと同じです。最先端技術の流出の防止と秘匿です。米政府が黄金株を保有するとはいえ、USスチールを事実上、完全子会社化した理由は日鉄が世界最高水準の品質で生産する電磁鋼板などの技術を堅守するためです。今後、脱炭素をめざす「グリーンスチール」を生産するにはUSスチールが保有する電炉を活用し、生産のノウハウや経験を進化させる必要もあります。

 一連の電炉の生産では黒崎播磨が保有する耐火レンガなどの技術が不可欠。世界のライバルに先駆けて鉄鋼生産のすべての工程を抑えなければ、世界の鉄鋼を制覇できません。

電炉生産の工程をすべて囲い込む

 なにしろ、黒崎播磨は日本国内の鉄鋼市場に合わせてインド、アジア、欧州など海外市場を開拓しています。海外売上高は2024年3月期の売上高1800億円のうち802億円と45%を占めており、鉄鋼生産が伸びているインドが420億円と過半を占めています。耐火レンガなど窯業メーカーとして見ると、黒崎播磨は世界第3位にあります。ライバルは黒崎播磨の技術力を評価しており、その秘技が漏れる可能性は否定できません。

 日鉄がUSスチールとともに北米はじめインド、アジアを攻めるため、USスチールと黒崎播磨を一蓮托生のように囲い込み、技術共有、人材確保、海外展開でよりシナジーを出すのは当然。USスチール買収が検討された当初から世界制覇のシナリオが描かれ、着実に進んでいることがわかります。

 技術革新が加速する中、普段知られない製品や技術が成否のカギを握る。黒崎播磨のレンガは1例に過ぎません。日本の製造業にまだまだ隠れているに違いありません。

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