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日本製鉄がUSスチール買収「鉄は国家なり」の名優が再び舞台に

 英国の名優、ローレンス・オリビエが突然、舞台に現れた時の驚きとは、こんな感じなのでしょうか。かつて世界経済をリードしてきた主役2人の老優が再び躍り出てきました。世界第2位の経済大国に成長した中国の台頭、電気自動車(EV)普及に伴う需要構造の変化、地球温暖化に伴うカーボンニュートラル・・・。理由は数ありますが、2度と見ることがないと思っていた表舞台に登場した時の姿はまさに「鉄は国家なり」。その気概に拍手します。

かつての名優が舞台に再び

 日本製鉄が米鉄鋼大手のUSスチールを買収します。買収額は2兆円超の見通しです。USスチールの全株を取得し、完全子会社に。USスチールの株主総会での承認などを経て、2024年4月以降に完了するそうです。橋本英二社長は「経済安全保障の世界的な潮流の中でリーダーは米国。先進国で最も大きな市場を持ち、成長が見込める」と説明しています。

 日本製鉄、USスチールの2社はかつて世界の鉄鋼の覇権を握っていました。しかし、産業の主軸は重厚長大から軽薄短小へ移り、さらに情報技術が占有する時代に変貌しました。インターネットや人工知能が当たり前になれば、鉄の存在さえ忘れられすのではないか。鉄鋼メーカーの凋落を見ていると、そんな不穏当な予想が現実になると思う時もありました。

 鉄鋼メーカーは、いわゆる規模の経済が発揮する産業です。鉄鉱石や石炭など原料を大量に購入して、鋼材を大量に生産してコストを徹底して下げる。もちろん、品質の良し悪しも左右しますが、国際競争力は粗鋼生産能力がカギを握ります。

鉄鋼は規模の経済が発揮

 日本製鉄もM&Aを繰り返し、規模拡大を実現してきました。戦後の財閥解体で分割されましたが、富士製鐵と八幡製鉄が1970年に「世紀の合併」と呼ばれた新日本製鉄として統合した後は日本経済はもちろん、世界の鋼材価格の主導権争いに深く関与します。自動車、造船、機械など主要工業製品に不可欠な鉄鋼は、経済の先行きを占う指標となり、粗鋼生産量は国の力を体現しました。1980年代、初代社長に就任し、経団連会長も務めた稲山嘉寛さんとお会いした際、体から放つオーラにちょとびっくりした経験があります。

 一方、USスティールは、1901年に創業、モルガンやカーネギーなど世界経済史に残る経営者の名前が連なります。世界経済の中心だった米国最大の鉄鋼会社ですから、当然世界の鉄鋼を握ります。1960年代以降、新日鉄など日本の対米攻勢に対抗するため、USスチールは日米貿易摩擦の主役として目の前に立ちはだかりますが、労働問題や技術開発の遅れなどで後退を余儀なくされました。

 1990年代、日本の鉄鋼メーカーが技術供与した韓国や中国が台頭し、日本の競争力が失われます。成長の源泉である高炉の撤廃など規模の経済とは逆の縮小均衡に追い込まれましたが、当時の新日本製鉄は2010年代に入り再びM&Aに転じます。住友金属、日新製鋼を傘下に収めて2019年に日本製鉄に社名を変更。海外でも2019年にインド、2022年にタイそれぞれで製鉄所を買収し、目標とする粗鋼生産量1億トンに向けて加速中です。過去最大の買収であるUSスチールもそのプロセスに過ぎません。

EV、脱炭素が新たな競争の場に

 現在は中国、韓国、インドが世界の舞台を支配します。世界鉄鋼協会によると、2022年の粗鋼生産量ランキンで日本製鉄は4位の約4400万トン、USスチールは27位の約1400万トン。この2社が一体化しても、世界1位の中国・宝武鉄鋼集団の1億トン超に手が届きません。

 しかし、需要構造に変化が生まれ、勢力図にも大きく影響し始めています。EVの普及でモーターに使う電磁鋼板などが新たな需要として増えているほか、CO2排出量の元凶とも言われる鉄鋼業界にとって脱炭素も急務です。生産規模の拡大よりも、生産技術の高度化、石炭の代わりに水素を使う生産や電炉などCO2を抑制する生産工程向けて巨額投資しなければいけません。

 日本製鉄の強みは、高度な技術が必要な高級鋼材の生産、脱炭素の生産技術にあります。買収するUSスチールはCO2排出量が少ない最先端の電炉技術を持っているうえ、米国内に鉄鉱石鉱山を保有しています。両社の統合で原料から製品生産まで一貫した工程管理が可能になり、脱炭素への道筋を明確に描くことができます。鉄鋼は軽量化競争でアルミやカーボンファイーバーに敗れると思われましたが、加工の自由度が評価され、鋼材需要は息を吹き返すかもしれません。

 新たな素材産業の競争が始まる寸前です。日本製鉄とUSスチールがどう世界に躍り出るのか。楽しみです。

◼️ 写真は日本製鉄のHPから引用しました。

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