ホタテが剥き出すアンコンシャス・バイアス「漁師は金持ちになれない」 

 「アンコンシャス・バイアス」。最近、よく聞く言葉です。広告を通じて提言・啓発活動を行う民間団体のACジャパンがテレビ広告で盛んに訴えていることもあると思います。広告では赤ちゃんの声が聞こえたり、職場、日常生活などさまざまな場面が再現され、最後に「聞こえてきたのは、男性の声ですか?、女性の声ですか?」と問いかけます。ラジオ、新聞でも発信しているので視聴、あるいは見かけた経験があると思います。

無意識に特定のイメージが固定化

 広告の狙いはアンコンシャス・バイアスの啓発です。ある出来事や職業などから無意識に特定イメージが浮かび上がり、それが社会常識と考えてします。悪意は無いと自分自身は考えているのですが、知らず知らずのうちに理解に歪みや偏りが生じ、現実と乖離します。

 こんな意味合いを持つのがアンコンシャス・バイアス。人間は自身の経験や知識などを基に直感的に判断しますが、的外れの時も多々あります。性別や人種、趣味などで根拠の薄い思い込みで差別されたり、排除されたりしたら、本人はもちろん、社会全体が不快な思いをします。決して許されません。

 アンコンシャス・バイアスを声高に主張する必要がない社会が訪れて欲しいと思いますが、以前からどうしても気になるイメージの固定化がいくつかあります。その一つが「北海道の漁師は極寒に耐えながら、荒れ狂う海の漁に苦労し、厳しい生活を過ごしている」。知床半島の羅臼はじめ冬の漁港をイメージすると、まず激しい強風と共に吹雪く風景を思い浮かべるのではないでしょうか。かつてNHKや民放テレビ局がドラマやドキュメンタリーで作り上げた北海道の風景です。ステレオタイプの根源です。

北海道の漁師は厳しい生活が当たり前?

 もし、次のような風景をドラマやドキュメンタリーで見せられたら、興醒めするでしょうか。吹雪がぶち当たる家の中は暖房で暑いぐらい。みんなTシャツ姿でアイスクリームを食べている。車庫を覗いたら「ベンツ」か「レクサス」が駐車。「クラウンを買った家は、ベンツもレクサスも在庫切れだったからだよ」との声も。すべての漁師さんがこんなに豊かだと言うつもりはありませんが、そんなに珍しい風景でもありません。

 「アンコンシャス・バイアス」なんて難しい言葉を思い起こしたのは、日本有数のホタテ産地で知られる北海道・猿払村を取り上げた記事を読んだのがきっかけです。現地取材をもとに面白く、描写も優れた記事でした。「記事は読まれて、なんぼ」という業界用語があるぐらいですから、読者の皆さんが食いつく見出し、物語を描くのはプロの仕事です。「20代で年収2000万円、日本一裕福な『猿払村』が危ない…中国の禁輸措置で『ホタテ長者』が没落する懸念」と題して、2回に分けて中国の禁輸措置が猿払村に与えた打撃をルポしています。

 猿払村は現地を訪れ、地元金融機関も含めて取材した経験があります。かつてはどん底にあった村の水産業は、ホタテの稚貝放流事業と厳格な資源保護の徹底で日本一のホタテ産地に転身し、中国向け輸出をきっかけに「稼げる水産業」への脱皮に成功しまいた。漁協組合員の資格取得は厳しく、乱獲は許されません。私が訪れた頃、すでに村の平均年収は3000万円以上と言われていました。

猿払村には豪快な逸話がいくつも

 豪快な逸話はたくさんあります。利益を経費で処理するため、2階建ての自宅に必要もないのに家庭用エレベーターを設置したり、御影石など高級石材で塀や壁を建て直したり。貴重品を守るために窓全てに鉄格子を嵌め込んだら、火事など緊急時に逃げられず困ったことに。酔った勢いで北海道最北端の猿払村から札幌の大繁華街ススキノまでタクシーで向かったエピソードも聴きました。ちなみにタクシー代は本当かどうか知りませんが、16万円かかったそうです。

 漁師といえば、後継者やお嫁さん候補をさがすのが大変と言われますが、猿払村では無縁な話です。「息子は後を継いでくれるし、結婚にも苦労しない」と話していました。

 そんな裕福な猿払村ですが、やはり周囲から目立ち過ぎました。中国の禁輸措置で最大の輸出先が突然、消えたため、ホタテは在庫の山に。あの裕福な漁師はどうするのか。

 「アンコンシャス・バイアス」を思い出させた記事も、あの村が直面する厳しい現実をどう受け止め、対応するのかを興味津々に眺める読者を意識している印象です。その根底には、他の漁業者は低い年収で苦労しているのに、突出した高所得を得る猿払村に対する妬みともいえる視線を感じさせます。下衆の勘ぐりだったら、嬉しいです。もしその通りだったら残念です。

 スーパースターが思いがけないことでその地位から滑り落ちる”事件”は世界のどこでも誰もが興味を持ちます。でも、ハリウッドのスーパースターならともかく、猿払村の平均年収を上回る富裕層は、東京や大阪にゴロゴロいます。企業の社長のみならず、キーエンスなど高額給与所得者が数多い会社はザラです。

漁師といえば裕福のイメージに

 中国の禁輸をチャンスに変え、新たな事業モデルを創出して、北海道の農水産業がより収益が上がる施策を国は拡充すべきです。そして、猿払村のホタテ漁師を上回る年収を稼ぐ水産業者がどんどん輩出する時代が待ち遠しい。「ホタテといえば、高額所得者」「北海道の漁師イコール豊か」。こんなアンコンシャス・バイアスが定着して欲しい。

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