防衛力増強、増税、有識者会議に霧中 一石を投じる狙いが素朴な疑問の波紋に

  違和感が消えません。魚のトゲが喉に刺さったというほどではありません。内容に対し大きな不満や強い反論があるわけでもありません。でも、ストンとはいかない。腑に落ちないのです。

違和感が消えません

 11月22日、政府の「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」が防衛費増に関する報告書を岸田文雄首相に提出しました。ロシアのウクライナ侵攻を受けて中国による台湾侵攻などアジアの安全保障の行方を想定、日本の防衛力をどう設計し直すのかを議論しています。

 報告書の柱は3点。まず防衛費の財源は歳出改革を十分に行い、足りない分は幅広い税目による負担が必要であること。次いで中国などが装備するミサイルに対する反撃能力として十分なミサイルを揃えること。3番目は省庁間の縦割りで予算が計上され、防衛費として効率よく予算化されていないこと。

 3番目の縦割りの予算については報告書で最も長く割かれており、大学も含めた研究開発、港湾や空港など公共インフラ、、インターネットを介したサイバー世界の安全保障、同盟国を軸にした国際協力の4分野について総合的に防衛力強化を実現するように指摘しています。

 報告書の詳細は新聞やテレビなどで伝えられており、省きます。報告書は以下のアドレスから参照できます。

国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」 報告書

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/boueiryoku_kaigi/pdf/20221122_houkokusyo.pdf

 

素朴な疑問を綴ります

 素朴な疑問を綴ってみます。中国の習近平・共産党総書記が3期目を迎える演説で台湾の統一を強調したことからも、アジアの安全保障の行方を楽観できない状況であることは理解できます。北朝鮮がミサイルを連射している朝鮮半島の危うい情勢を加えれば、なおさらです。まさかとは思いますが、日本は北海道のすぐ横でロシアと北方領土問題を抱えており、南シナ海、東シナ海、日本海、オホーツク海までの地域を中心に緊迫した空気が流れています。

 防衛力増強を議論する必要もわかります。軍隊を禁止した日本国憲法の下で自衛隊が存在し、国民の多くが役割の重要性を認識しています。共産党ですら9条の条文をそのまま適用して自衛隊廃止論を唱えることはやめています。日本をめぐる安全保障の緊迫度を考慮して防衛費をどの程度が望ましいのか、軍事能力をどこまで高めるのかを国民全体で理解し、具体的な議論に進む時期を迎えています。

日本に必要な迎撃はミサイルの数?

 だからといって防衛能力は中国と同じ本数のミサイルを装備するのが重要で、防衛費の増加のためには幅広い税目による負担が望ましいといった細部にまで及ぶのはあまりにも早計で、飛び石の上を駆けるかのような論議です。

 ミサイル攻撃と迎撃は作戦行動として全く異なり、同じ戦力を備えれば良いと言うものではあいりません。将棋の駒数を同数にして勝負するのとは訳が違います。

 四方を海に囲まれた日本が中国大陸や朝鮮半島からの攻撃を想定した場合、どういう防衛体制が望ましいのかをまずが自衛隊含め防衛省が国民に説明するのが先決です。

 有識者会議では同様な考えで十分な説明を求めているので、同じ問題意識を共有しているはずです。その前提があるにもかかわらず、ミサイルの本数やサイバー攻撃などを具体的に示しながら、大学の研究体制のあり方などを防衛分野で一体化するよう指摘するのはよくわかりません。ここも駆け足しています。

学問、思想の自由は大原則

 いまさらですが、学問の研究は自由が原則です。日本の製薬会社がワクチンを開発してもなかなか成功しないことからわかるのは、ブレイクスルーする研究開発や技術は予想外の分野から生まれることが多いからです。様々な人間がとんでもないアイデアを持って捻り出した発明が予想もしない分野で大きな成果を上げる。人間の知恵は神様には及びません。

 第二次世界大戦後、原爆開発に携わった世界の叡智が深く反省している事実を思い出してください。だれも原爆を開発するために研究してきたわけではないのに、結果的に戦争遂行のために開発協力した形となったからです。

 思想の自由や学問の自由など人間として最も重要な尊厳について、さらっと手を入れられるのはとても心外であり、まさに侵害です。

増税は国民の議論と納得が大前提

 防衛費の財源問題も同じです。戦前の国債発行による混乱を踏まえ、法人税や所得税などを想定した幅広い税目での負担を指摘しています。そもそも論になりますが、税金とはいかに徴収され、費やされるのかの原点を思い返してください。防衛費の増額のために法人税や所得税が増税されるとしたら、法人税や所得税はそもそも何の名目で設定されたのですか。

 国民の生活をより豊かにするために税金は徴収され、その使い道は内閣や国会で議論され、投入されるのです。例えば消費税は福祉に使う名目ながら、本当に福祉全般にだけ費やされているのかどうか。素朴な疑問を持つ人は多いと思いますが、国民の生活向上につながるなら、良いかと納得しているはずです。

 国の税収といっても所詮、身の丈しか増やすことはできません。1億円のマンションを良いなあと思っても、自分の年収を考えたら手が出ません。

 平和最優先を掲げる日本憲法を掲げる日本が、絶対に勝つための防衛体制を論議するのは本筋とかけ離れ過ぎですし、今から中国に対抗する戦力を装備するにはお金も時間も全く間に合いません。

 与野党の論議のなかでも、原子力潜水艦を保持すべきと主張する向きがあります。今から原潜を調達して実際に運用するまでにどの程度の時間を要するのか知っているのでしょうか。建造技術、運用する要員育成、完成後の運用訓練などを考えれば、ようやく体制が整った時には中国の台湾統一が終わっているでしょう。

有識者の人選は誰が決め、その基準は?

 最後に有識者会議。政府が人選するのでしょうが、どのような基準で選んだのか。財政学者、新聞社を代表する人物、科学技術の権威など10人で構成していますが、防衛・軍事専門家は1人。座長を務めた佐々江賢一郎氏は外務次官経験者。しかも第一回目の会合は9月30日。軍事専門家のヒアリングが挟まれていますが、4回の会合でまとめ上げています。「戦後日本の安保大転換」(日本経済新聞)と銘打つわりに短期間で方向性を示されてしまっています。

一石を投じる、政争の具の扱いは勘弁して

 有識者会議は議論の扉を開ける役割を担ったのでしょうが、読売新聞の代表、日経の元社長、朝日新聞の元主筆が参加するのですから、メディアの発信力と影響力を考えたら「一石を投じる」という意味合いで収まらないはず。

 今回の報告書を岸田首相が安倍派など防衛力増強を唱える自民党内に対する揺さぶりと捉える解説もあります。「政争の具」として使われるのは残念との声を朝日新聞は伝えていますが、国民の命と日本の未来に深く関わるテーマが国民の思いと離れた世界でスタートするのは、とても残念ですし、とても不安です。

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