歴史は巡る オイルパワーが気候変動のカギを握る COP29開催はバクー

 アゼルバイジャンの首都、バクーを知ったのは、「中東の石油王国 オイル・パワー」(レナード・モズレー著、高田正純訳)という本でした。書き出しが次のように始まります。

中東の石油利権長者の一番乗りは、イギリス人でもなくアメリカ人、フランス人、オランダ人でもなく、アルメニア人とタタール人だった。100年前、かれらはカスピ海の西岸にあるコーカサスの大油田を開発し、これらを採掘する際に、アゼルバイジャンの荒地を黒い砂漠に変え、川と海を汚染し、さらに労働者の品格を落とし、堕落させ、ロシア革命の種をまいた。(中略)19世紀と20世紀初頭、バクーは立入り自由の中東の一部だった。

英ジャーナリストの著書はクウェート侵攻を予想

 「オイル・パワー」の著者は、1913年生まれの英国ジャーナリストで、欧米、中東、アフリカ、インドなどを取材し多くの著書を残しており、「天皇ヒロヒト」もその一つです。「オイル・パワー」は1974年3月、早川書房から出版し、大学生の頃、古本屋で見つけて読みました。中東のみならず石油の利権を巡って世界の政治、経済、そして戦争がなぜ起こったのかの舞台裏を知ることができました。物語の始まりがバクーでした。

 本書の後半では石油利権にあざといクウェートについて書き込んでおり、繁栄の裏に秘めた将来の危うさを示唆して終わります。日本語版が出版されてから16年後の1990年、イラクがクウェートに侵攻し、湾岸戦争が勃発します。偶然にも当時、私は石油・ガス、原子力発電などエネルギー産業を取材する新聞記者でした。改めて「オイル・パワー」を読み返し、過去をしっかりと読み込めば未来も予測できるのだと教えてくれた本でした。

 2023年11月、中東の産油国UAEのドバイで開幕したCOP28は「化石燃料への脱却」を盛り込んだ合意文書を発表し、次回のCOP29は2024年11月11日から22日まで、バクーで開催することが決まりました。議長国は産油国から産油国へと続きます。次回開催は国連が持ち回りで開催する5つの地域で東ヨーロッパの順番で、アゼルバイジャンのバクーは同地域に含まれています。久しぶりにバクーが目の前に現れ、ちょっと驚きました。何か起こるのではないか。そんな予感が蘇りました。

議長国UAEのしたたかな演出

 COP28の合意は、「化石燃料に関する文言が史上初めて盛り込まれた。歴史的なUAE合意」と議長国のスルターン・ジャーベル産業・先端技術相が自画自賛する一方、南太平洋の島嶼国を代表するサモアが「必要なものが実現していない」と失望を明らかにするなど、評価は分かれています。 

 予想通り、会議は会期末に紛糾しました。議長国のUAEがサウジアラビアなどの意向を受けて当初の合意文案に記載された「化石燃料の削減」を”削減”し、CO2抑制に後ろ向きな文案に変更。これに欧米や島嶼国が反発。一夜明けてUAEは「化石燃料から脱却する行動をこの10年で加速させる」との折衷案を示し、合意に至りました。欧州連合(EU)が「廃止」を記載しない代わりに目標とする年次を明記する妥協案を提示したそうです。

 産油国として世界の政治経済で百戦錬磨のUAEです。当初案の突然の修正から妥協するまでの過程を読み切り、演出したのでしょう。中東など化石燃料の代表である産油国は、すんなりと「廃止」を受け入れるわけにはいきません。落とし所を開幕時から探っていたはずです。

EUも廃止を押し切る覚悟はなかった

 「廃止」をEUも押し切る覚悟はなかったはずです。再生可能エネルギーを拡大しているとはいえ、ドイツをはじめ欧州の多くの国はロシア産の天然ガスなどに頼っています。脱炭素に向けた過度に触れた振り子を現実に合わせて戻す思惑を懐に秘めていました。国土保全がかかっている島嶼国に譲歩できる余地はありませんでしたが、経済の柱が欧米や日本の経済援助だけに欧米などが妥協に転じたら、歩調を合わせるしかありません。

 COP28では「2030年までに化石燃料からの脱却を目指す」という重い宿題を提示されましたが、欧米や日本にとってもかなり大きな成果を得ています。世界の再生可能エネルギーは3倍に増やすほか、脱炭素の技術として原子力発電、水素やCO2回収・貯蔵を推進することも合意しました。

日本にも渡りに船

 原子力発電を国是に掲げるフランスはじめ欧米や日本が世界で先行する技術、事業が国際合意として決まり、今後のビジネスチャンスが一気に広がります。火力発電の依存を理由に化石賞を受賞した日本にとっても、原発、水素、CO2の関連技術の拡大は、カーボンニュートラルの骨格として位置付けているものばかりです。むしろ渡りに船です。

 今回のCOP28の合意では、パリ協定が掲げた1・5度以下に収める目標を達成しないとの声が過半を占めています。今後もカーボンニュートラルの政策を議論するうえで化石燃料の削減・廃止は必須です。

気候変動会議の主導権は産油国に

 ところが、会議で明らかになったのは、化石燃料の削減・廃止の主導権を握るのは中東など産油国であることです。世界のエネルギーの供給元が化石燃料を材料にカーボンニュートラルの将来を交渉するのです。皮肉な話と笑っていられません。次回のCOP29では一段と産油国の陽動作戦は巧みになり、現実路線へ軌道修正する欧米や日本を取り込むでしょう。

 100年以上にわたって世界経済を牽引するエネルギーを支えてきた中東の産油国。そのオイルパワーは次回開催地のバクーで再び炸裂するかもしれません。オイル・パワーの著者モズレーは、バクーから物語をはじめ、その後の汚染の広がり、人心の荒廃、そしてロシア革命の種が巻かれたと書いています。果たしてバクーからカーボンニュートラルの新たな世界史が始まるのでしょうか。

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