なぜ三菱自はテスラになれなかったのか、世界初の量産EVで先駆 今は追随が精一杯

 三菱自動車は電気自動車(EV)で「テスラ」になるチャンスがあった。テスラはもちろん、米国のEVメーカー。世界のEVをリードする存在であり、経営者のイーロン・マスクは世界の大富豪。一方、三菱自は、一時経営破綻寸前まで追い込まれ、現在は日産自動車から34%の出資を受ける関連会社。日産とルノーの提携にも組み込まれ、自らの経営判断で未来を決めることができない不自由な地位にあります。もともと三菱グループの自動車メーカーですから、イーロン・マスクのような自在な経営ができるわけがありませんでした。過大な期待はしていませんでしたが、テスラに代わって世界のEVを先導する可能性はあったのです。もったいない!

アイ・ミーブは2009年に誕生、絶賛の渦

 2019年6月5日、三菱自はホームページに「三菱自動車の電気自動車『i-MiEV(アイ・ミーブ)』10周年」と題した記事を記載しました。

世界初の量産型電気自動車『i-MiEV(アイ・ミーブ)』を発表してから本日で10周年を迎えます。三菱自動車が走行中のCO2を含めた排出ガスを発生しないゼロエミッション車である電気自動車(EV)の量産と販売を世界に先駆けて発表し、これを機に自動車業界が大きな転換期を迎えました。

 アイ・ミーブは2009年6月に発売しました。カタログには16kWh大容量リチウムイオンバッテリーを搭載し、フル充電で164キロ走行できるとあります。現在のEVに比べたら物足りないでしょうが、世界初の量産車です。なによりも車体デザインが他車を圧倒しました。卵形の車体に4人が乗車できる空間を創り出し、近未来のEVを世界にアピールしました。

 三菱自のクルマといえば、頑丈で無骨なイメージ。とても驚いたのを覚えています。開発者は相川哲郎さん。現在、軽自動車のEVとして大ヒットしている「eKクロス」の原型モデル「eKワゴン」などの開発も手掛けています。父親は三菱重工業の長崎造船所の帝王と呼ばれ、本社社長に就任した相川賢太郎さん。相川哲郎さんも後に三菱自の社長に就任しています。三菱の技術を背負い体現した存在だからこそ、「三菱とは思えないクルマ」を思い切って設計、量産できたのでしょう。当時、沈滞する三菱自になんとか明るい未来を提示したいと考えたのかもしれません。

 当然、絶賛の声が渦巻き、カー・オブ・ザ・イヤーなどを相次いで受賞します。2010年にはフランスのPSAにOEM供給され、プジョーとシトロエンに名前を変えて欧州でも発売されました。地球環境に対する関心が高い欧州では、小型車とEV、そしてフランス車にも負けない斬新なデザインは「売れる」と思ったものです。

テスラは量産できず、道のりは凸凹

 当時、テスラはどうだったのか。2003年に2人の技術者が設立した会社は、イーロン・マスクが主導して紆余曲折を重ねながら第1号車を誕生させます。2008年2月でした。翌月の3月から生産を開始しましたが、量産までの道は程遠く、カリフォルニア州にあったトヨタ・GMの工場を取得した2010年以降も生産が軌道に乗るまで凸凹が続きました。

 アイ・ミーブ、いえ!三菱自はEVで世界を先行できるチャンスが十分にあったのです。テスラが手こずった量産化には早々と成功し、デザインも世界レベルに手が届いていました。日本の軽自動車が基本形ですから、米国ではなかなか受け入れ難いクルマでしたが、欧州やアジアなら十分に通用します。世界の先駆として先行利得を丸ごと手にするチャンスが目の前にあったのです。

 それでは、なぜテスラに負けたのか。時間、マネー、インフラの3点に尽きます。悲しいかな、三菱自にはEVが飛翔するために欠かせない必須条件が全て不足していました。企業経営は2000年以降にリコール隠しなど多発する不祥事でガタガタ。カネは蒸発したのかと揶揄され、開発投資はバッサリと削られます。相川哲郎さんらは極秘でアイ・ミーブを開発していたぐらいです。親会社である三菱重工、三菱商事などは三菱財閥を挙げて会社存続を最優先。将来に向けてEVを育て上げる余裕も気迫もありません。

三菱自は成功の必須条件すべてが無い

 なによりもEV普及に最も大事な充電設備が不足していました。2023年に入ってようやく充電設備の普及が始まった実情を見ればわかる通り、アイ・ミーブが走り回る2010年ごろは環境が整っていません。ガソリン車に比べれば航続距離が少ないうえ、充電設備が見当たらない。価格は公的助成金を使っても、実質は300万円前後。軽で300万円を払う個人ユーザーは今でも少ないでしょう。

 自治体、公的機関や電力などが公用車、パトロールカー、タクシー、レンタカーとして幅広い用途で活用しましたが、EV需要の底上げにはつながりません。話題先行で終わらず技術面でも実用面でも優れたクルマでしたが、儲かる事業への道のりはあまりにも遠かった。生産は2021年3月に終了しました。

成否の分岐点がマネー?

 EVは地球環境への対応を考えれば、必ず普及するといわれていました。掲げた理想は高くても、事業が軌道に乗らなければ掲げた理想は地に堕ちます。現実を振り返れば、三菱自は飛躍のチャンスを逃し、再び巻き返しに転じた段階です。テスラは持ち堪え、世界トップの座を手にしました。テスラと三菱自の距離はあまりにも離れています。抜き返す可能性はあるでしょうか。

 イーロン・マスクはPayPalはじめ数々のベンチャー投資に成功し、事業の成否を見極める眼力が素晴らしい。テスラも数ある投資先のひとつに過ぎませんでした。しかし、モノになると確信し、巨額マネーを投じ続け、理想として終わらせず事業として成功させます。成否の分起点がマネーの差だったとしたら、とても残念です。

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