アフリカ土産物語(31)泥の巨大モスク マリ・ジェンネは異境の街 

 古い王国の歴史と世界遺産で知られる西アフリカのマリは2012年以降、イスラム過激派が絡む衝突が絶えず、荒廃の危機にある。国土の半分をサハラ砂漠が占め、大河ニジェールが蛇行する内陸国の砂漠周縁を四輪駆動車で巡ったのは混乱前の今世紀初頭だった。最貧国の一つでありながら、「ここは地球なのか」と思わせる魅惑の景観がそこにあった。

薄暮のモスク

「ここは地球なのか」

 サハラ交易の要衝の地ジェンネに着いたのは、茜色の空が壮大なグランドモスクを包み込む夕暮れだった。日干しレンガを泥で覆ったモスクの壁から木の枝が突き出ていた。泥を塗る修理の足場だというが、シュールな造形の装飾としか見えない。目の前の広場では民族衣装の女性たちが露天市の店じまいを急いでいた。

 「モロッコから来た人がイスラム教をこの町にもたらし、女性は黒い服を身に着け顔を隠して暮らしていた。その後、フランス人が入ってきて風習が変わり、2階の小窓から外を見ていた女性も外に出るようになった……」。案内役の青年が街の歴史を解説した。

ジェンネの旧市街

路地に入ると、子どもたちがコーランを勉強

 夜のとばりが下りた旧市街の狭い路地に分け入ると、電灯の下で子どもたちがコーランを一心に読みふけっていた。真剣な表情で木の板に文字を書く子もいる。こうした私塾は「コーラン学校」と呼ばれ、「マラブ」と呼ばれるイスラム教の導師のもとで水運びなどの労働と経典やアラビア語の学習の日課をこなしているのだった。

 世界遺産都市だけあって、バックパッカーや旅慣れた年配の観光客を見かけたが、2001年の米国同時多発テロ「9・11」で客足が鈍ったといい、「ビンラディン、フセイン、そしてブッシュという3人のボスに世界は振り回されている」との声が若者から聞かれた。

木板をノート代わりに学ぶ子どもたち

 その彼は大人の観光ガイドの手伝いを続け、公用語のフランス語や地元の言語のほか、欧米からの旅行者たちと話すうち英語、イタリア語、スペイン語を身に着けた。それも生きるための術なのだと誇らしげに語っていた。

世界最大級の泥のモスクの尖塔

 比較的涼しい年末とあって、ホテルはどこも満室だった。交渉の末に確保した寝床は埃っぽい倉庫で、蚊が闇の中からブーンとまとわりついた。マラリアの恐怖におののきながら横になると、腹の周りで何かが跳ねる気配がした。なんと大きなイボガエルだった。やがてネズミが壁をかじる音が響きだし、うんざりしながら朝まで過ごした。

世界遺産のモスクの前で学ぶ子どもたち

 拷問のような一夜が明けると、ニジェール川の広大な氾濫原となる三角州の上に真っ青な空が広がっていた。そこに世界最大級の泥のモスクが尖塔を突き上げ、泥づくりの家を押し込めた異境の街が幻影のように浮かび上がっていたのだ。

テロや誘拐などで渡航禁止に

 現在のマリは武装勢力によるテロに加え外国人誘拐事件も頻発している。現地の日本大使館は「全土においてテロ・誘拐事件等の不測の事態に巻き込まれる高い脅威があります。どのような目的であれ渡航は止めてください」と警告を発する。興趣の尽きぬ小宇宙ジェンネに旅人が戻る日はいつになるのだろうか。(城島徹)

夕暮れのなかジェンネに向かう馬車

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