旭川・近文③刺繍、木彫に込められる思いとは、カムイとの約束を守り、人間が生きる証

 旭川市近文駅そばのバス停から5分ほど乗車すると、バス停「アイヌ記念館」に着きました。

川村カ子トアイヌ記念館へ

 近文駅周辺は旭川市の住宅街ですが、記念館の周辺にはアイヌの伝統的な家屋チセなどがあり、すぐに見つけることができました。正式名称は、川村カ子トアイヌ記念館。上川アイヌのリーダーを務めていた川村イタキシロマさんが自宅を公開し、その息子さんの川村カ子ト(かねと)さんが自身の資金などで記念館を築きました。近文は上川アイヌの集落コタンがありましたので、文化と伝承の象徴となっています。

アイヌの伝統的な家屋チセ

 訪れた時は建物の老朽化を理由に、旭川市とともに新しい記念館を建設中でした。2023年夏ごろに完成する予定だそうです。現在の記念館も開いているのですが、新館建設などで作業が重なっているせいか、「展示が完全じゃないから」と入場料を割引きしてくれました。誠に申し訳ない。

 展示品の内容は工事中とは無関係。素晴らしいままでした。近文コタンの歴史、記念館を継承した川村カ子トさん、集落が生み出し継承する文化・技術などを限られた空間で教えてくれます。

砂澤ビッキと藤戸竹喜が並んでいた

 アイヌの工芸は小さい頃から慣れ親しんでいますが、展示品はさすがにレベルが高い。近文のコタンは藤戸竹喜、砂澤ビッキら木彫家として著名な人材を輩出しています。しかも、2人が並んで展示、紹介されていたのには驚きました。

 砂澤ビッキは他の原稿でも何度も書いていますが、学生の頃から好きな作家だったので、これまでも工房を構えた音威子府村、旭川駅構内の美術館を訪れ、スマホの待ち受け画面に使っています。

 砂澤ビッキさんの作品は象徴的なイメージを抜き出して生きる魂をえぐり出している感じを受けますが、藤戸さんの作品は写実力で彫り出した存在そのものが目の前に迫ってきます。熊を彫刻して生計を立てた父親から教えてもらったそうですが、熊の木彫にとどまらず人物像、エゾオオカミなどアイヌ文化に深く関わる物語へを広げ、アイヌの工芸の素晴らしさを世界各国で伝えていました。

 砂澤ビッキと藤戸竹喜の2人が近文で育ったとはいえ、とても親しい間柄であることは全く知りませんでした。表現こそ違いますが、作品が発するパワーはどちらも圧倒的です。

 このパワーはどこから生まれるのだろう。こんな素朴な疑問に答える文章が展示されていました。

アイヌ文様が語り、伝えること

 アイヌ文様に関する一文に目が釘付けとなりました。

 アイヌの文様は、日本の職人のように約束に従って一部の隙もない美術工芸品を作り、護り、受け継いできたものとは異なり、アイヌであれば誰もがカムイ(神)との約束ごとに従って仕事が成り立っているのです。

 アイヌの文様は人の命であり、生きる民族の証です。(中略)人は互いに向き合って、語り合い、理解し合って、助け、喜び合い、生きるのです。これが、アイヌ民族の生き方です。

 アイヌの刺繍の文様は集落や家ごとに違い、家族の健康を祈りながら仕上げられています。かつてポリネシアやマオリの人々から入れ墨に込められた逸話を思い出しました。遠い祖先、父母などから継承する思いと文化を体に残し、それを次代に引き継いでいく。彼らは入れ墨に祖先から継承した誇りと勇気を家族と共に感じ、太平洋の航海に乗り出すのだと。

アイヌの文様は集落や家族ごとに違う

 日本では反社会的なイメージが強い刺青とは大違いです。そういえば札幌市でオーストラリアの先住民アボリジニ の文様を描いたカバンを持ってアイヌのおみやげ店に入ったら、アイヌの女性が「これはアイヌの文様にとても似ているね」と驚いていたのを思い出します。

  アイヌの刺繍や木彫は、美しいだけではありません。「とてもおしゃべりだなあ」と感じます。眺めていると、いろいろな物語を口ずさんでいるのです。しかも自由に。「一部の隙もない美術工芸品を作る和人」とは違い、自分たちは自由なのだ、と。

アボリジニ の「私の道」

人の命の大事さを次代に継承する

 そういえば、アボリジニ の人たちが描く絵は「ドリーミング」あるいは「ドリームタイム」と呼ばれています。先祖から伝わる文化、生活を次代に伝えるのが目的です。一見、落書きのように見える絵には飲料水となる泉、食糧などが描かれ、遊牧民のように歩き回るアボリジニ の人たちにとって生命を守る地図でもあります。自然を大事に守っていれば、その絵は子孫にとっても生きる重要な情報源になるのです。

 大事なことは、次代にも伝える。まだ雪が残る近文を歩きながら、オーストラリアの砂漠を歩き回って小さな木陰でのんびりしていたアボリジニ の家族を思い出しました。何万キロも離れているのに、継承することは同じなんだ。

建設中の新館

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