世界の富を産む街を歩く 先住民アートと向き合い、新たな宝を掘り当てるか
眼がロックオンしました。巨大で真っ黒な人間が一定の間隔でハンマーを振り上げ、振り下ろしています。偶然通った街角で出会いました。ハンマーを振りかざしている人間の背後にある建物には「SEATTLE」と大きな文字が刻まれています。シアトル美術館とわかったのはだいぶ後でした。
巨大な黒い人形がハンマーを
美術館正面に立つ人形は「ハンマーリング・マン(Hammering Man)」と呼ばれ、高さは14メートルもあります。自らの力を振り絞って働く労働者階級の女性と男性を称えているそうです。1890年代のゴールドラッシュの時、シアトルから一攫千金を夢見た多くの人がカナダやアラスカへ向かいました。きっとハンマーの先には見果てぬ夢がまだ絡まっているのかもしれません。
ビンゴ!でした。あのハンマーは、シアトル美術館が収蔵する素晴らしい先住民アートと出会うきっかけとなりました。オーストラリアのアボリジニ 、北太平洋沿岸のネイティブアメリカン、アフリカ大陸などの各部族らの彫刻、絵画、装飾品が待っていました。よく考えたら、シアトルの名前の由来はネイティブアメリカンです。スクワミッシュ族の酋長、シールス(Sealth)から「シアトル」という地名がついたそうです。
洗練されたアボリジニアートに魅せられる
まずアボリジニ アート。展示品数は多くありませんが、とても洗練されている作品ばかりです。30年ほど前、オーストラリアを拠点に取材していたこともあって、アボリジニのアート作品は大好きです。オーストラリア大陸中央部の砂漠で作品を製作する集落を訪ねたこともありますし、気に入った作品をいくつか購入しています。
絵の感覚、筆致がとても繊細で、美しい。アボリジニは文字を持っていないので、祖先から伝わる水源、集落などを絵画に仕上げ、家族、子孫に伝えています。あそこへ行けば人間が飲める泉があり、その先には食糧が手に入る場所が待っている。絵画の中には、親が子に、そして孫に伝える愛情が込められています。
最近は、泉や森などを示す象徴的なデザインだけでなく。ドットペインティングのように同じ筆致を無限のように繰り返し、画面全体を埋め尽くす手法も人気です。現代アートとして欧米で高く評価され、とても高額で売買されています。
北太平洋のアートは魂に直接
ネイティブアメリカンの作品は衝撃的でした。アボリジニと違い、表現はデフォルメされていますが、訴える力はとても直接的です。その土地の自然と共に暮らす人間がそこに立っているのです。「魂を感じる」という言えば、大袈裟でしょうか。
ネパールで購入した木彫とほぼ同じ
鳥の嘴をモチーフにした木彫は、もちろん北太平洋の先住民の作品ですが、40年も前に訪れたネパールで買った木彫とほぼそっくり。アフリカで生まれた人類は今の欧州やアジアなど各方面に分かれて移動したそうですが、オーストラリアのアボリジニの流れは日本の縄文人、そして北米大陸に行き着いたという説を聞いたことがあります。先住民が創り出す作品には祖先から伝承された魂が込められています。ネパールとの因果関係は不明ですが、地域に限らず人間は自然から感じるイメージは変わらないのでしょう。
アフリカは現代社会と一体化
人間や動物を最もデフォルメしている作品が多いと予想していたアフリカの展示はとてもは楽しいものでした。家族連れをモチーフにちょっとおしゃれをして出かけるシーンは微笑ましいですし、生活感が素直に伝わります。その土地に伝承されるアート感覚を昇華して現代アートに飛翔した作品が多かったです。
シアトル美術館には先住民アートだけでなく欧米の伝統的な肖像画や陶磁器など数多く展示されています。訪問した時は、葛飾北斎の展示会の準備が進んでいました。ただ、先住民をテーマにコンパクトに、しかも良質で洗練された作品を集め、展示するセンスに感服です。学芸員の皆さんの努力もあるのでしょうが、こうした展示を受け入れるシアトル市民の感度も素晴らしいのでしょう。
移民・多文化社会とどう調和
シアトル水族館を訪れたら、先住民アートをモチーフにした木彫がありました。空港の施設にも同様なデザインを利用した装飾がありました。先住民アートを特別なものにしない。そんな意思を感じます。
米国は移民国家とはいえ、人種間の差別、多文化の混在など多くの問題に直面しています。先住民問題は移民とは異なりますが、いわゆる欧米文化とは異質なものと受け止められがちです。シアトル美術館の先住民アートは、現実に直面し、新たな力の源を生み出そうとするシアトルの思いを感じます。