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ABEMA 黒字化から考えるメディア 新聞は失速、ニュースは赤字が当たり前

「REAL JOURNALISM  REAL IMPACT」

 2017年8月、ロサンゼルス・タイムズ本社ビルを訪ねると、正面玄関に大きな旗が揺れていました。米カリフォルニア州を代表する有力紙は自らを「リアル・ジャーナリズム」と謳い、読者に伝える力を「リアル・インパクト」と胸を張っていました。経営は存続の瀬戸際と聞いていましたが、気概だけはへこたれていません。「好きだなあ〜、この強がり」。ロサンゼルスの地にいながら「武士は食わねど高楊枝」が思い浮かび、クスッと笑っちゃいました。すぐにロサンゼルス・タイムズのアプリをスマホにダウンロードしました。

若い世代はSNSで情報を収集し、拡散

 新聞やテレビは、もう若い世代にとってひと昔前のオールドメディア。彼らが信用するのはインターネットを通じて拡散するSNSの情報。デジタルなら若い世代にも受ける?そんな甘い考えは通用しないようです。新聞社が発信するデジタルメディアは遠い存在のまま。SNSを介さなければ、新聞のニュースを読んでくれません。「新聞はもう儲からない」。誰も口にする必要がないほど社会の常識です。

 「リアル・ジャーナリズム」を目にしてから1年も経たない2018年6月、ロサンゼルス・タイムズはがん治療薬投資などで巨富を得たパトリック・スーン・スオン氏によって買収されました。5億ドルです。

 驚いたのは、門外漢の世界的な資産家が倒産寸前の新聞社を5億ドルで買収しても驚く人がいないことでした。新聞社はもうバーゲンセールのように売買される時代だったのです。すでに5年前の2013年8月、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏がワシントン・ポストを2億5000万ドルで手に入れていました。買収資金はアマゾンから出ておらず、ベゾス氏個人の財布で支払いました。買収資金は同氏の資産の1%に過ぎません。米国ではスポーツチームのオーナーになることでビジネスの成功者と評価されるそうですが、過去の栄光をまとう新聞社も世界トップクラスの富を持つ資産家とって勲章みたいなものなのでしょう。

米国の有力紙はバーゲンセールに

 買収はまだ続きました。ロサンゼルス・タイムズの買収から3ヶ月後の2018年9月、セールス・フォース創業者のマーク・ベニホフ氏が週刊誌タイムを1億9000万ドルで買収したのです。こちらもセールス・フォースは無関係で、ベニホフ氏と妻リンさん夫婦が現金で支払ったそうです。日本円で200億円を超える金額です。タイムが買収された事実よりも、現金で支払った事実に驚きます。

 ワシントン・ポストもタイムも米国を代表するメディアです。ジェフ・ベゾス、マーク・ベニホフ両氏はインターネット、情報技術のビジネスで世界企業を育て上げた優れた経営手腕の持ち主です。デジタル世代にとって陳腐化した新聞・雑誌をどう変革するのか。両氏の買収の意図は明確ではありませんでしたが、底割れしたオールドメディアが再浮上できるかもしれないと期待しました。

 目の前の閉塞感を打ち破れるのではないか。編集者・記者も期待したはずです。タイムの編集長は、買収直後のタイム誌に「ベニホフ氏から編集に影響を与えることはないと言われている。より良い誌面になるよう努める」という意気込みを書いていました。

ベゾス、ベニホフでも黒字にできず

 しかし、米国の有力メディアが赤字経営から抜け出せません。2023年の経営状況を見ても、数千万ドルから1億ドルの赤字を計上しているそうです。最近の話題は人員削減のニュースばかり。ロサンゼルス・タイムズは編集部員の約2割を一時解雇する方針を明らかにしました。デジタル戦略、広告営業を根本から見直します。

 ワシントン・ポストも経営環境は同じです。ジェフ・ベゾス氏の資金力で編集のデジタル化、国際報道の拡充を進めるため、編集部員数を約2倍に増やしましたが、頓挫しています。電子版の有料読者は増えず、広告収入も伸び悩み、全従業員の約9%にあたる240人を削減する方針です。タイムもセールス・フォースの優秀な技術やソフトを持ってしても、人員整理の選択を迫られています。

 米国の新聞社すべてが失速しているわけではありません。ニューヨーク・タイムズ、ウオールストリート・ジャーナルは新聞記事のデジタル化で先行し、生き残りの切符を手にしているようです。ただ、ゼロサムどころか、マイナスサムで縮小するオールドメディアの中で生き残っているようにしか映りません。

ABEMAが教えるニュースの価値とは

「政治・経済のニュースは、つまらない」というイメージよりも、デジタルも含めて新聞はお金を払って手に入れる情報価値を失っているのでしょう。ロシアによるウクライナ侵攻、イスラエルとハマスのガザ地区の戦闘激化などの国際ニュース、自民党の裏金問題、岸田首相の次の政権の行方、収まらないドル高円安などの国内ニュース、いずれも大きな関心を集めています。しかし、そのニュースを読み、関連情報を探り、話題を広めるのは社会インフラの地位を確立したSNS。

 ABEMAが四半期ベースで黒字化した決算内容を見ても、独自コンテンツを売りにした月額課金の売り上げはメディア事業全体の2割に届きません。動画配信サービスを一緒に展開しているテレビ朝日のニュースで国内外の出来事、解説をていねいに伝えていますが、月額課金の伸びを牽引する力はテレ朝よりも若い世代向けに配信するスポーツ、アニメ、バラエティなどが主力です。サイバーエージェントの藤田晋社長はABEMAをワシントン・ポスト、ロサンゼルス・タイムズなどと比較してメディアビジネスを考えることに呆れるかもしれませんが、ABEMAの試行錯誤を眺めていると、新聞ビジネスの賞味期限がもう切れていると告げられている気がします。元新聞記者として、とても残念です。

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