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ABEMAが蝶に羽化できなかったら、日本は世界のネット映像ビジネスから脱落するかも

ネットテレビのABEMAが苦闘しています。サイバーエージェントがテレビ朝日などと組んで運営するAbemaTVが6年連続の赤字を計上しました。事業を主導するサイバーエージェントは抜群の業績をあげていますから、経営の先行きに心配はありません。2016年4月に放送を開始したABEMAは「10年は覚悟している」と明言している藤田晋社長の思いがあるだけに事業継続に不安はないものの、ABEMAの先行きがしっかり見えているのかどうか定かではありません。ネットテレビを飛翔する蝶として羽化するのか、それとも壮大な実験に使われるサナギのままで終わるのか。日本のネット映像ビジネスの将来をザッピングします。

サイバーエージェントの業績は絶好調

サイバーエージェントが10月27日に発表した2021年9月期の通期決算は過去最高の好決算です。売上高は6664億円(前年同期比39.3%増)、営業利益は1043億円(同3倍増)、純利益は416億円(同6倍増)となり、誰もケチはつけられません。原動力はゲーム事業です。2021年2月に発売した新しいゲームが大当たりし、ゲーム事業の営業利益は964億円と全体の営業利益の9割も占めます。

ところがABEMAの事業は営業損失151億の赤字。前年同期に比べて31億円減少しました。16年の放送開始から年間200億円弱の赤字を計上し続けており、やや改善という状況です。サイバーエージェントの藤田社長は事業開始から10年間の赤字を覚悟していると明言していますし、21年9月期決算の記者会見でも「損益のフェーズが見えてきた」と強気の発言をしていますから、赤字幅に尻込みを見せることはないのでしょう。しかし、会社経営を冷静に見詰めれば、かなり厳しいことが誰の目からでもわかります。年間200億円弱の赤字を10年間続けることは可能でしょうか。

サイバーエージェントは創業者、藤田社長の会社ですから、ABEMAが大赤字を計上しても許されると思われがちです。でも、株式を上場している会社です。創業者以外の株主が自分の財産をかけて損益を注視しています。21年9月期に過去最高の決算を達成したとはいえ、ABEMAの151億円の赤字が相当額を利益として計上できたらサイバーエイジェントの株価がもっと上昇するのは間違いありません。

ABEMAはスタート当初からテレビ朝日のニュース番組やバラエティ番組を取り込む一方、ドラマ、バラエティ、麻雀などのエンターテインメントで独自コンテンツを精力的に制作しています。ビジネスモデルを見ていると、地上波の番組制作の考えをベースにしながらも,一つ一つのチャンネル自体の視聴者が少なくてもすべてのチェンネルを合計すれば大きな売り上げにつながると考えるケーブルテレビの多チャンネル政策も踏襲しています。

ネットフリックスの制作費、日本とひと桁違う

コンテンツ制作費は200億円程度と見られています。ネット映像ビジネス事業の世界最大手の米国ネットフリックスも1997年の創業以来赤字を続け、黒字化したのは2003年です。ABEMAも10年程度の赤字を覚悟して将来の利益を期待するのは経営戦略として間違っていません。ただ、ネットフリックスの制作費は1兆円を超え、コンテンツに関する評価は高く、英語圏の優位性を活かして世界各国で視聴されます。ABEMAも海外配信の体制を整えています。しかし、ネットフリックスを追撃するかのようにアマゾンも映像制作に巨額資金を投入しています。製作費の規模は日本のテレビ業界を全て合計した金額を上回ると言われています。KADOKAWAから転職したアマゾンの日本の制作担当者は自身の体験も踏まえて「日本とひと桁違う」と笑っていました。

本題はABEMAが創業から10年間、維持できるかどうかではありません。他のメディアで多く分析されていますので省きます。むしろ存続できなかった場合、日本の映像ビジネスの存続が可能かどうかを考えてみたいです。テレビ事業は総務省の免許交付事業ですから誰でも新規参入できるわけではありません。しかし、テレビの視聴者層は高齢化しており、若年層を狙うスポンサーから敬遠され始めています。地上波では通信販売の広告時間帯が増え、かつてのBSと似た状況になっています。ということはBSはもっとニッチな視聴者を対象にしたケーブルテレビの地位に移り始め、今度はケーブルテレビはBSに視聴者とスポンサーを奪われています。地上波、BS,ケーブルテレビがそれぞれの視聴者、スポンサーを食いあうゼロサム、あるいはマイナスサムの競合状態に追い込まれている構図が浮き彫りになります。

総務省が管轄する電波行政そのものが根本から崩れ始めているのです。受信料収入で支えられているNHKでさえ、経営の根幹が揺らぐ可能性は否定できません。

サイバーエージジェントの藤田社長は自社が知り尽くしていると考える若者層を狙ってABEMAのコンテンツを手を広げました。しかし、若者はゲームやスマホにお金を消費してもそれ以外の消費分野にお金を使ってくれません。最近は業績の改善、視聴者層の拡大を狙い、大谷翔平が活躍する米MLBライブ中継など30〜40歳以上の視聴者層の開拓を急いでいます。

もちろん日本のテレビ業界はネットを軸にした経営環境の変化を理解しています。危機感は年々増しており、放送事業の収益力低下に合わせてTBSやフジサンケイなどは不動産事業などで利益を確保しています。ネット配信に手をこまねいているわけではありません。日テレ、フジ、TBS・テレビ東京はここ10年間、ネット配信会社を相次いで設立し、放送と同時に配信するサービスも広がっています。スポンサーが求める若年層への訴求力を高めるため、長寿番組の打ち切りも目立ってきました。過去40年間、電通や博報堂と共に謳歌してきたテレビ会社のビジネスモデルは大きく変わり、事業改革を急いでいます。

ABEMAがスタートした当時、サイバーエージェントの事業というよりはテレビ朝日のネット事業への布石と考えていました。テレビ会社が真正面からネットに取り組めない状況だったこともあり、ネットテレビの事業可能性を探る試金石と勘違いしました。しかし、テレビ朝日は日テレ、フジ、TBS・テレビ東京に続きネット専用の配信インフラを設立しました。ABEMAとの関係をどう考えているのか真意は理解できませんが、中途半端としか映りません。テレビ業界はすでに無料の配信サービス「Tver」をスタートさせています。これも中途半端はサービス内容です。ネット配信の試験的インフラとしてスタートしましたが、今後どうするのか見えません。

ABEMAの浮沈は日本のネット映像ビジネスを占う

テレビとネットの配信は将来を探る実験的なインフラとしての位置づけからテレビ会社の存続をかけた挑戦に変わっています。残念なことにテレビ各社のネット配信サービスが収益の柱に育っていません。それぞれの思惑に違いはあるのでしょうが、本体の地上波テレビの収益モデルを変えるほどの改革を断行するのは事実上不可能で、これに伴い日本のテレビ業界のネット戦略に長期的な視点が霞んでいます。

しかし、ABEMAは戦後メディアの王様になったテレビ会社と違います。自ら構築したネットビジネスの裾野を広がる手段としてサーバーエージェントが手掛けました。ネットフリックスは赤字を計上しながらも、米国テレビ放送を支配していたCATV最大手のコムキャストを追い詰め、CATV視聴の契約を取りやめるケーブルカッターの異名を獲得しました。アマゾンやYouTubeも加わる米国の映像ビジネスモデルは日本の放送業界、総務省などが念頭にあった競争状況を吹き飛ばしています。今こそABEMAが果敢に世界の大手に負けぬエネルギーを持ってヒットコンテンツを生み出せるかを見たいです。この成否が日本の映像ビジネスの存続を占う材料になる気がします。失敗すれば、日本語コンテンツは極東のユニークな存在として残るだけです。テレビ会社は足腰が弱ってフラフラしてしまうかつての名横綱と化しています。

小津安二郎の「東京物語」の主演を演じた笠智衆の枯れた演技が懐かしく思い出されます。直近の「鬼滅の刃」が大ヒットしたアニメを除けば、日本が世界に発信し大きな支持を得た映像コンテンツは過去の遺物になってしまったのでしょうか。ABEMAの苦闘はサイバーエージェントの経営問題と受け止めることができません。ABEMAがフェードアウトしてしまったら、その時は日本の映像ビジネスも「The end」の終幕を迎えるのかもしれません。

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