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自動車産業が消える⑤再びデファクト争いが始まる 環境エンジンの主導権を握る好機

 EU(欧州連合)が合成燃料を利用したエンジン車を正式に認めました。2035年から新車販売は電気自動車(EV)か燃料電池車に限定する政策を表明していましたが、環境負荷が低いe-Fuelなど合成燃料を利用したエンジン車の販売は認めることに転換しました。EV、合成燃料を巡る話題は、このシリーズで何度も触れていますが、改めて取り上げることにしたのは自動車の駆動系に関する業界標準、いわゆるデファクトスタンダードについてしっかり押さえるべきではないかと考えたからです。

欧州のEV政策は日本車の主導権を奪う狙いも

 そもそも欧州が事実上、EVの一択に絞り込んだ背景には日本車が握る主導権を奪う狙いがありました。ちょっと長くなりますが、世界の自動車市場の変遷を一望します。

 まず1970年代。米国のマスキー法に代表される排ガス規制が厳格化する一方、石油危機や湾岸戦争などの紛争でガソリン価格は上昇し続けます。世界の自動車メーカーは排ガス規制とともに、燃費効率を高めるエンジン開発を急ぎます。ホンダが世界に先駆けてマスキー法をクリアするCVCCエンジンを量産化し、米国市場でホンダブランドの人気を定着させたのが好例です。地球温暖化問題よりも大気汚染の方が関心が高かったこともあり、燃費効率に注目が集まっていました。

日本車は排ガス規制で先行

 1980年代の自動車市場、例えば米国を要約すると次の通りになります。日本車は小型車だが燃費効率が良いうえ、故障も少なく価格も割安。これに対し米国車は3000CC以上の大型エンジンを搭載し、ガソリンをがぶ飲みする効率の悪さ。欧州車はベンツやBMWなど高級車を前面に富裕層を中心に販売を伸ばしていました。大衆車のイメージが強いフォルクスワーゲン (VW)は、日本車とまともに競合するため、販売は振るいません。米国で現地生産した工場を撤収したこともあります。

 それでは欧州市場はどうか。小型車は欧州各国の国産車が強く、高級車はドイツやフランスのブランドが圧倒的強さを見せます。日本車はトヨタ自動車、日産自動車、マツダが健闘していましたが、足元にも及びません。欧州車のテイストに近いマツダは「プアマンズ・ベンツ」と呼ばれたように日本車を購入する層は富裕層ではありません。

プリウス登場で主導権を日本へ

 ところが、1990年代から自動車は地球環境を破壊する元凶と批判され始めます。その批判の声に答えたのがトヨタのハイブリッド車「プリウス」。エンジンと電気モーターを併用し、燃費効率は劇的に上昇します。米国の人気俳優ブラッド・ピッドがプリウスを購入して米国でも人気に火がつきます。日本でも政治家がこぞってプリウスの乗って、選挙区内を走ります。東京から選挙区までベンツで向かい、プリウスに乗り換えたという非難を浴びた政治家もいましたが、それほどハイブリッドといえば「環境に優しい」のイメージが世界に定着します。CO2など排ガスを撒き散らしているにもかかわらず、高い評価とトヨタのブランドイメージを一気に高めます。

 欧米各社もハイブリッド車の開発には取り組んでいました。しかし、生産コストが割高で採算が合わず見送っていました。それはそうです。プリウスの価格ではトヨタも赤字でした。トヨタは赤字を垂れ流しながらも、環境に優しいブランドの地位を手にし、ハイブリッドを世界のデファクトスタンダードに押し上げたのです。

欧州はディーゼルで対抗したが不正試験で失敗

 欧州はハイブリッド車を排除するため、ディーゼル車を戦略車に仕立てました。ディーゼルエンジンの排ガスは実質的に有害ガスが少なく、ガソリンよりも安い軽油が燃料。ディーゼルエンジン価格はガソリンよりも割高だが、長距離走行が多い欧州では総合的に割安になる。ハイブリッド車よりもディーゼルの方が実質的に環境対応エンジンだ。こういった仕立てでした。

 残念なことにディーゼルエンジンの排ガス試験に不正があったことが発覚します。VWは試験時だけ排ガスを改善する手段を隠れて使用していたのです。これで欧州が仕立てていたディーゼル車はガソリン車やハイブリッド車に劣らず環境対応しているとの構図が崩れてしまいました。

EVは欧州にとって最後の砦

 EVは欧州にとって最後の砦でした。自動車用バッテリーや関連機器はエンジン車ほど量産効果が出ていませんから、車両価格は割高。それでも地球環境、気候変動への対応が大きな関心事である欧州では、EV支持の声が強まります。EVと並んでCO2を排出しないとされる水素を利用した燃料電池車の実用化は、先行するトヨタ以外はまだまだ未来車の域を出ていません

 2020年代のデファクトスタンダードはEV。こう決めれば、日本が握る環境対応エンジンの流れを覆すことができます。2021年のドイツで開催したモーターショーで欧州車メーカーが華やかに新しいEVモデルを発表し、日本車を蹴散らした演出を覚えていますか。

 2035年をターゲットに日本車からデファクトスタンダードを奪うシナリオは修正されました。e-Fuelという合成燃料が加わり、ハイブリッド車の販売継続は可能になりました。

ドイツなどは合成燃料に軌道修正

 これからが勝負です。ドイツを中心にEV開発の勢いは収まります。一方、合成燃料の生産も含めて欧州、米国、日本が競い合うことになります。e-Fuelは太陽光や風力など再生可能エネルギーを利用してCO2を排出しない電力で生産しないといけません。日本は出遅れています。

 しかし、日本はハイブリッドや既存のエンジンで欧米よりも一歩も二歩も先行しています。合成燃料の生産基盤を国を挙げて急げば、遅れを取り戻すことができます。EV開発も欧州の開発スピードが鈍った合間に日本が加速すればまだまだ間に合います。日本メーカーは独創性に欠けますが、目標を定めれば到達する力量はあります。

エンジン、ハイブリッド先行する日本はEVも含めチャンス到来

 2030年代のデファクトスタンダードを握るのは欧州か米国か日本か。あるいは中国か。

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