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日本製鉄 創業時の社名に復活したら、ESGもSDGsも昭和に逆戻り 

 日本製鉄が8月18日、千葉県君津市の東日本製鉄所から流出した有毒物質シアンに関する報告書を発表しました。2022年6月、シアンが河川などに流出したことが判明。日鉄が排水口などで水質測定データを再検査した結果、法定基準値を超えるシアンを公表・報告していなかった案件が2019年2月から合計39回もあることがわかりました。すでに流出防止対策を済ませ、現時点で健康被害は発生していないとのことですが、汚染の深刻度が違うとはいえ1950年代のチッソによる水俣病の風景と重なります。2022年の令和の時代に再発する事案とは思えません。

「不適切な取り扱い」か

 日鉄君津の高炉処理水にはシアンが含まれており、仕組み上は内部で循環するので排水されません。日鉄の発表によると、処理工程、大雨、設備のトラブルなどの理由で排水タンクからシアンを含む排水が漏れ、排水口を通じて川などに流入したと説明しています。日鉄は今回のシアン流出の検査結果を報告・公表していないことについて「水質測定データの不適切な取り扱い」という表現を採用しています。千葉県は「重大な事案で大変遺憾」と言っているそうですが、周辺での汚染は早くから話題になっており、行政の対応の遅さにも首を捻ります。

 日鉄の「不適切な取り扱い」は現場の判断ミスで終わるのでしょうか。新聞報道によると、日鉄は6月に起こった工場からの脱硫液の流出についても水質検査結果で判明した高い検出値は伏せて低い値を県に報告していたそうです。その後実施した水質検査でも9回のうち7回もシアンを検出したものの、残る2回の結果を基に「不検出」としていました。「本来なら起こりえないことが起こった」。検査で「起こった」ことがわかったが、「無かった」ことに。

チッソの風景と重なる

 1950年代のチッソが思い浮かびます。熊本大学が有機水銀説を発表してから、地域の漁民はチッソに対して工場排水の浄化装置や設備完備までの操業中止を求めました。1959年(昭和34年)10月に当時の通商産業省の指導もあって、同年 12 月 に凝集沈殿処理装置を完成させました。ところが同装置は水銀の除去を目的とするものではなく、排水中のメチル水銀化 合物の除去効果が無かったのです。

 日鉄のシアン流出はチッソとすべて重なるものではありません。被害など影響の広がりも大きく違います。ただ、水俣病は半世紀以上も企業に対して聞き漏らしてはいけない警鐘を鳴らし続けてきました。日鉄にとって君津は最重要拠点のひとつです。かつては経団連会長を輩出し、現在も社長を務めた三村明夫さんが日本商工会議所会頭です。製鉄業がかつての栄光を失い始めたとはいえ、日本経済のリーダーです。主力の製鉄工場で有毒物質が流出した事案への対応は会社経営の根幹を反映しています。小さなミスとして見落としていたら、将来へ禍根を残すのは間違いないのです。

日鉄をリクマネジメントで評価する調査も

 直近の週間東洋経済の「SDGs&ESG調査」によると、SDGsのランキングは427位となっていました。「人材活用」「環境」「社会性」「企業統治」の4項目を中心に評価しています。製鉄業は脱炭素など環境対策で他の企業に比べて大きなハンディを負うので、ランキング自体に驚きはありません。驚いたのはテーマ別ランキング「リスクマネジメント」でした。日鉄は17位。「内部通報しやすいオープンな環境を整備し、多くの声を集めること」(週刊東洋経済)が評価軸です。日鉄は将来へのリスクに向けて体制が日本の企業でもトップクラスに整えていました。しかし、脱硫液やシアンの報告の遅れなどを考慮すると、体制を整えても現実に機能するかどうかは別問題であることがわかります。大企業ではよくある話かもしれませんが、命取りになった事例に事欠きません。

 日本製鉄は明治の官営製鉄所の八幡などが合同して1934年(昭和9年)に創業しました。第二次大戦後、財閥解体で一度消滅し、1970年に八幡製鉄と富士製鐵の2社が合併して新日本製鉄の社名で事実上復活しました。しかし、その後も日本製鉄の復活に固執し続けます。日本を代表する産業であり、会社であるとの誇りもあって、新日鉄時代も社員は「ニッテツ」と自社を呼び続けます。製鉄の「鉄」も金を失うからと「鐵」を選びます。

日鉄はかつて日本のリーダーでした

 時代の流れもあって鉄鋼産業はすでに世界、そして日本の産業をリードする力を失い始めています。しかし、今回のシアン流出問題などを改めて振り返ると、残念で仕方がありません。「あのニッテツが」という思いは消えません。新日鉄の社員のみなさんと話していると、日本を常に意識していることに驚いたことがあるからです。

 業務に失敗は尽きものです。失敗を非難する考えは全くありません。注目するのは、失敗に気づいた時にどう対処するかです。日鉄は昭和の高度経済成長期を代表する社名を取り戻した代わりに、リーダーとしての誇りを置き去りにして経営もESGも昭和に回帰したのでしょうか。

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