
周回遅れの排出量取引 日本企業に日欧二重の「炭素の壁」脱炭素の加速を迫る
日本でもCO2の排出量取引制度が開始しました。CO2の排出量10万トン以上の企業は国から削減枠を義務化され、CO2に値を付けた「炭素価格」で市場取引します。枠を上回った企業は排出量を購入して余剰分を相殺、逆に余った企業は売却できるメカニズムです。
削減枠を市場取引
もっとも、先行する欧州に比べ周回遅れとなった制度開始のツケは予想以上に大きいようです。欧州では新たに環境規制が緩い日本などの輸入品に対し課金する「炭素国境調整措置(CBAM)」が導入され、欧州に製品を輸出する日本企業は日本と欧州双方で二重に炭素負担を強いられるリスクが加わりました。予想外にも日本と欧州の制度的な時差が日本企業の輸出競争力の低下を招く恐れが出てきたのです。
あえて「炭素の壁」と呼びます。1つ目の壁は2026年4月から始まった排出量取引制度(GX-ETS)。地球温暖化を招くCO2など温室効果ガスを削減する目的で設計されており、鉄鋼、アルミニウム、化学などCO2を大量に排出する素材産業などは排出枠を超える分を購入して相殺する可能性もあり、当然新たなコスト要因として加わります。これまで以上の経営努力が急務ですが、利益圧迫要因となるのは確実です。
欧州は新たに炭素価格の差額を課金
2つ目の壁は欧州のCBAM。2023年10月から製品単位あたり排出量や原産国で支払われた炭素価格の情報を報告する義務が開始しており、2026年から輸出元の炭素価格との差額分を欧州連合(EU)に輸出調整金として支払う制度が開始しました。日本の排出量取引で採用される炭素価格次第ですが、欧州と差額が発生した場合は事実上、課徴金として支払うしかありません。素材産業を中心に日本企業にとって関税と同様、輸出障壁になります。
日本国内では排出枠を超える分の炭素価格を支払い、欧州では日本との炭素価格の差額を支払う。収益を圧迫しかねない二重の支払いとなる「炭素の壁」をクリアするためには、排出量の削減努力を加速するしかありません。
日本が排出量取引で立ち遅れた背景には、1970年代に築き上げた世界最高の省エネ大国としての驕りがあります。日本の環境技術は世界トップレベルだったため、政府は省エネに取り組む企業の自助努力を重視し、制度による強制力を避けてきた経緯があります。
ところが、自助努力の期待は裏目に。欧州は2005年から排出量取引を始めました。日本が制度を開始した26年までの21年間、欧州企業はCO2の排出量削減を織り込む脱炭素経営に取り組み、日本を大きく先行します。裏返せば、日本政府の自助努力を重視した”温情”は日本企業を欧州企業に比べ遅れをとり、国際的な「脱炭素経営」の潮流で後手に回る形となりました。
世界最高の環境技術、再び
排出量取引制度は、日本の製造業にコスト構造の根本的な見直しを急迫しています。国内では国に背中を押されてCO2を排出量を削減する後ろ向きの姿勢が指摘されますが、それでは欧州や中国の海外勢に引き離されるだけ。脱炭素を新たな競争力に取り込む攻めの脱炭素経営へ転換点するチャンスです
グローバル展開する企業では、脱炭素を指標に調達する経営が広がっており、調達先を選別する動きが定着しています。大企業は国内の排出量取引で実績を示せますが、対象外となる中小・中堅の製造業はグローバルな供給網から排除されるリスクに晒されます。
日本が周回遅れの汚名を返上し、世界最高水準の環境技術を取り戻して「炭素価格」の指標で欧州や中国に追いつくことができるか。世間ではあまり注目されていない排出量取引制度は、実は日本経済の将来を占う重要な試金石であることを忘れるわけにはいきません。

