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テスラの米フリーモント工場

2035年イグアナとハイブリッド車② 二者択一の呪縛から解かれる時

  再びハイブリッド・イグアナから始めます。前回も触れましたが、陸イグアナと海イグアナの交配・雑種として誕生し、陸上ではサボテンを食べ、海に潜って海藻を食べることもできます。陸イグアナは樹木に登ることができないので、好物のサボテンの実や花が地上に落ちてくるのを待って食べているそうですが、ハイブリッド・イグアナは強い爪があるので高いサボテンに登って食べることができます。陸イグアナの弱点を補い、新しいパワーを得たということでしょうか。

 地球温暖化による気候変動は陸上、海中を問わず植物や生物の分布を変え、当然のように生態系を変えるインパクトがあります。ハイブリッド・イグアナは陸、あるいは海の生息環境が変わったとしても、たくましく生存できる多様な能力を兼ね添えています。米国大リーグが大谷翔平選手が見事に成功させた投打の「二刀流」を彷彿させます。イグアナ世界の無二のアスリートですね。

イグアナは二者択一に陥る落とし穴を教える

 ハイブリッド・イグアナの存在は、二者択一に陥りやすい地球環境問題の落とし穴を教えてもらいました。CO2排出源として脱炭素が急務の自動車の場合、電気自動車(EV)の普及はガソリン・ディーゼル車、ハイブルッド車を駆逐するのかを考えてしまいがちでした。どちらが生き抜くのか。まるで選択ゲームに追い込まれた感覚でした。

 ハイブリッド車は内燃機関エンジンと電気モーターを併用します。利便性、効率性、脱炭素も含めた省エネルギーを両天秤にかけて1990年代に登場。当時は環境にやさしいクルマとして持て囃されたのですが、今や米カリフォルニア州の販売禁止に象徴されるようにEV普及の邪魔モノ扱いです。

 エンジンと電気モーター双方の駆動力をうまくつなぎ合わせ、巧みな技術とアイデアによって誕生したクルマです。世界で最初に量産化したトヨタ自動車も当初は、ガソリン車から電気自動車、燃料電池車に向けて移行する過程の車クルマとして位置付けてきました。

 ところが、ハイブリッド車「プリウス」に対する評価は予想を上回ります。米有名俳優が欧米の高級車から乗り換えて自らのイメージアップに利用。日本でも同じ現象が頻発します。いつもは欧州高級車を乗り回している政治家が地元の選挙区に戻る時だけはプリウスに乗り換えて、挨拶回りします。

 CO2などを排出し、大気汚染を続けているにもかかわらず、画期的な環境エンジンとしての評価を集め、トヨタを世界最大の自動車メーカーに成長するエンジンともなりました。ガソリン車とEVの「つなぎ」と自認していたハイブリッド車のミッションは、「つなぎ役なんてとんでもない。極力ながらえる」に変わります。プリウスの開発主査だった内山田竹志さんが現在はトヨタ会長に就任しているのです。その貢献度の大きさがわかりはずです。

EVはハイブリッド対抗の賜物

 欧米の自動車メーカーは追随しようにも、緻密なノウハウの蓄積であるハイブリッド・システムはそう簡単に真似できません。欧州ではハイブリッド車に対抗するため、排ガスを抑制できるディゼールエンジンに力を入れて「ディーゼルこそ環境対応エンジン」とアピールしてトヨタなど日本車を押し込めようとします。

 しかし、頓挫します。大気汚染への影響を小さく見せる努力が過ぎてしまい、ディーゼルエンジンの排ガス不正事件が起こります。トヨタと世界一を争ってきたフォルクスワーゲン (VW)は排ガス試験をごまかす禁じ手を選び、トップは辞任します。欧州のディーゼルエンジンブームは一気に冷え込み、ハイブリッド車に対抗する代わりの新技術を探すしかありませんでした。それがEVでした。

 EVは環境エンジンをめぐる世界のデファクトスタンダード競争のなかで急浮上。電気モーターで駆動力を生み出しますから、排ガスはありません。しかし、車体、部品、モーターなどを生産する工程でエネルギーは消費するのは変わりません。エネルギー源である電力の消費、供給などインフラ面が対応できるのかの議論は後回しです。

 欧州の自動車メーカーにとって、ディーゼルに代わってハイブリッドを駆逐するモノを選び出すことが急務でした。それを世界の新たなデファクトスタンダードに仕上げなければ、自動車を発明した名誉も世界市場での影響力も日本車の追い上げで消滅しかねない恐怖を覚えていました。

 EVのほかに選択肢はない。自動車産業の国である米国にとっても事情は同じです。米起業家のイーロン・マスクさんが電気自動車テスラを創業した時は、この事業が成功すると信じていた人は何人いたでしょうか。シリコンバレーで巨額資金を得たとはいえ、100年かけて構築した複雑怪奇な自動車生産の経験を素人が数年で習得できるわけがない。2010年代、テスラは米GMとトヨタがかつて合弁で建設したカリフォルニア州フリーモントの工場を買収しました。

マスクは誰もが無理と予想したEVで大成功

 生産を開始したばかりのフリーモント工場を訪れたことがあります。自動車の組み立てに手こずり、工場周辺の駐車場はガラガラ。トヨタは一時期、テスラに資本出資しましたが、その後引き揚げています。米起業家が打ち上げだ花火の後始末は間近と思って、工場を見つめていました。それから10年足らずの2022年7月、テスラはフリーモント工場でのEVの生産台数が累計200万台に達したと発表しました。火星移住を唱えるマスクさんですから、さすがです。火星到達と同じぐらい難しいと思われたEVの量産化と販売、世界販売を成功させました。

 ガソリン・ディーゼル車の代わりにEVがあるじゃないか。世界の耳目は一点に集中していまいました。ハイブリッド車は弾き飛ばされそうです。しかし、EVへの熱を冷まし、現実を改めて考えると、ハイブリッド車の生息能力の凄さがわかってきました。イグアナだけではありません。それはハイブリッド車だからというわけではありません。人類は産業革命以来、培った技術、アイデア、努力の賜物が私たちの目の前にあったのです。

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