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日本製鉄、USスチールは世界最強の鋼「脱炭素・グリーンスチール」を創造できるか

 日本製鉄がUSスチールを完全子会社化できたとしても、それがゴールではありません。脱炭素をめざす「グリーンスチール」を創造できるか。4兆円を賭けて日鉄がめざす世界最強の鋼を世界で唯一、生産できるメーカーになることです。地球温暖化の元凶と自動車と並んで批判される鉄鋼産業。存続をかけて未来を切り拓く挑戦です。

4兆円投資の本来の狙い

 日鉄がUSスチールを傘下に収め、生産を増強するのが電磁鋼板。電気自動車(EV)やハイブリッド車のモーターの鉄芯に使われているほか、変圧器の鉄芯など送電関連の機器の効率化に不可欠で、カーボンニュートラル時代を支える素材です。

 生産技術はかなり高度。鉄に電気を通すと磁力が生まれる性質を利用してエネルギー効率を高めるため、鉄の結晶の原子配列まで制御します。日鉄社内でも技術漏えいを防ぐため、役員でも工場内に立ち入ることができないそうです。最高級品の電磁鋼板を生産する工場は日本国内だけ。機密死守の徹底ぶりからその重要性がわかります。

カギは電炉

 成否のカギを握るのが電炉。電磁鋼板は直接還元鉄と呼ぶ原料を使いますが、高品質の直接還元鉄を生産するためには水素や天然ガスを吹き込んで生産します。粗鋼生産の主役である高炉はコークスを使いますが、この方法では難しいそうです。日鉄のHPによると、CO2を全く出さない100%水素による直接還元鉄の生産方式を「前人未到の技術」と強調しており、究極のカーボンニュートラルを達成すために研究開発約5000億円、設備投資に約4〜5兆円の投資が必要と説明しています。

 しかも、脱炭素が至上命題の鉄鋼メーカーにとって電炉の選択は避けて通れません。電気で鉄スクラップを溶かすので、鉄鉱石と石炭を反応させて鉄を生産する高炉に比べCO2の排出量は約4分の1。日鉄にかぎらず鉄鋼メーカーが高炉を停止し、電炉へ移行する流れは加速しています。

 日鉄がUSスチールを買収するのも、米国内の老朽化した高炉設備の代わりに使用する電炉が充実しているためです。原料を産出する鉱山も持っています。もちろん、大統領選でも発揮された米国内の政治力、さらに中国に次ぐ世界第2位の巨大な自動車市場も視野に入っています。

 日鉄にとってUSスチールの買収は、電炉の設備・技術、資源、そして強力な政治力と巨大市場をいっぺんに取り込み、かつて世界の鉄鋼市場をリードした日米の復権を狙ったものでした。幸か不幸か、トランプ大統領が率先する日米政府の関与は結果論として追い風として吹きます。官民で取り組む国家プロジェクトとして、これから構築が急がれる水素関連のインフラ整備、自動車や機械など産業界の脱炭素への動きが加速するでしょう。

 日鉄の今井正社長は「電炉だけを鉄源とする一貫製鉄所となり、最高級の電磁鋼板に象徴されるような高級鋼材を作りたい。世界のどこの製鉄所をみても例はなく、ぜひやりたいと思っている」と語っています。カーボンニュートラルを実現する「グリーンスチール」の生産は100年先といわれたそうですが、USスチールの買収によって100年という時間を大幅に短縮できるかもしれません。

中国を抜き、復権へ

 電炉による電磁鋼板が剣となり盾となるライバルは当然、中国。世界の粗鋼生産量の6割を占め、中低位製品の価格主導権を握っています。中国の鉄鋼生産は1977年、当時の稲山嘉寛・新日鉄会長が訪中した際、製鉄所建設の協力を受けたのが始まりです。山崎豊子の「大地の子」でも知られる有名な逸話ですが、日中協力で誕生したのが宝山製鉄所。

 日鉄は2024年8月、日中協力の象徴ともいえる宝山鋼鉄と自動車向け合弁事業を解消しました。今や中国は世界最大の自動車大国ですが、20年以上前は高品質な自動車用鋼板を生産できませんでした。新日鉄の技術供与で中国の現地生産は可能となり、その後の中国の自動車産業の急成長を支えます。

 電磁鋼板は20年前の自動車用鋼板です。EVの普及などで需要が増加する電磁鋼板の技術と生産を独占することは、中国の台頭を抑える厚く高い壁となります。すでにEV生産で世界1位となっている中国の今後の成長の足枷になるはずです。

 鉄鋼の歴史はUSスチールが世界を支配し、1970年代から新日本製鉄が加わり、日米による鉄の支配が続きました。その後、日本の技術供与をきっかけに韓国、中国の製鉄メーカーが台頭し、価格競争で日米を圧倒、日本勢は高炉などの設備削減に追われました。米国の惨状は説明するまでもないと思います。

 鉄の歴史に新たなページを加えるのが電磁鋼板に代表されるグリーンスチールです。日鉄とUSスチールが世界に先駆けて達成した時、日米の鉄鋼産業が再び輝くのか。鉄の世界がどう変わるのか楽しみです。

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