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三菱商事の洋上風力発電、「制度設計の不備」と弁明するのはやめましょう。

 下衆の勘繰りと思われるかもしれません。三菱商事の洋上風力発電の撤退を政府の制度設計の不備を理由に正当化する論調が目につきます。

 あの三菱商事が撤退するぐらいだから、そもそも事業設計そのものに問題があったのではない。素朴な疑問が湧く気持ちはわかります。

「再生エネは事業化無理」との意見も

 馴染みのない洋上風力発電でありながら、日本にとって喫緊の課題である再生可能エネルギーの柱として育て上げなければいけない。政府が第1ラウンドと称して公募した1兆円のビッグプロジェクトでした。三菱商事は中部電力と企業連合を組んでライバルが破格と驚く安値で入札、落札しましたが、これまで石油や天然ガス、石炭など資源投資で稼ぎまくる実績を持っているだけに、素人目には事業は順調に進むはずと誰もが信じます。なにしろ、三菱商事は1兆円近い利益を上げ、世界的な投資家、バフェット氏が推奨する株式銘柄です。

 ところが、突然の撤退表明。洋上風力発電は三菱商事にとっても初心者。しかも、落札した後、ロシアのウクライナ侵攻や円安など予想外の環境変化が相次ぎ、事業採算が大幅に狂います。事業規模は資材費などの高騰で落札時と比べて2倍以上も膨らんだそうです。中西勝也社長は見通しの甘さを陳謝しています。

 洋上風力発電は、あの三菱商事が見誤るほどの難しいのだ。そんな空気が流れ、メディアを通じて専門家からも援護射撃が広がっています。専門家の意見を要約すると以下のイメージです。

撤退は、制度設計の限界を示している。再生可能エネルギーは自然に左右されるので、火力発電などと比べて事業化が難しい。とりわけ洋上風力発電は、海上に機器を浮揚させるなど技術的に難しいうえ、展開する沖合に面する地域との調整もある。国はカーボンニュートラル時代に合わせて脱炭素を前面に出し過ぎて、事業採算を無視した制度設計にしてしまった。しかも、今回は事業公募という価格による競争原理を取り込んでしまったことで、なおさら無理な事業となってしまった。三菱商事の撤退は、もともと事業設計に問題があるプロジェクトに参加したのだから、必然だった。

 専門家が仕方がないというなら、納得するしかないか。多くの人はそう理解するかもしれません。でも、高校生の頃から日本のエネルギー事情を間近に目撃し、新聞記者として40年以上も原子力発電など電源開発計画を取材している人間からみると、全然納得しません。三菱商事を擁護する弁解に与する考えはとても湧きません。

資源投資はセンミツ

 まずエネルギー事業は自動車や電気製品など消費財と全く異なる世界です。センミツという言葉を知っていますか。石油など資源投資は1000の投資案件に参加しても、成功するのはほんのわずか。幸運に恵まれても1000件のうち3件あるかどうか。新規事業にはリスクがつきものですが、資源投資はもうギャンブルに近いのです。だからこそ、成功したら利益は莫大に。三菱商事や三井物産が1兆円に迫る利益を上げるのも、石油、ガスなどが資源高で稼ぎ出しているからです。

 洋上風力発電は、四方を海に囲まれた日本にとって事業化せざるを得ないプロジェクトです。地球温暖化を招くCO2を排出する化石燃料に頼らず、カーボンニュートラル時代を迎えるために太陽光や風力など再生可能エネルギーは増え続けていますが、主力を占める太陽光発電は山地が多い国土が制約となって適地が少なくなり、あまり期待できません。北海道の釧路湿原で建設されるメガソーラーが環境破壊で工事ストップされたのが代表例です。

 風力発電も同じです。地上に設置する風車が発生する騒音、美観の変化、渡り鳥など野生動物への影響など立地する地域社会との環境面で調整する事案が増えています。

 洋上風力発電は欧州で先行し、日本はようやく実験から事業化に向けて一歩踏み出した段階です。再生可能エネルギーを拡大するためには、すでに太陽光や風力の発電事業で経験している課題に加え、日本海など荒波が多い洋上に浮揚させながら発電する難事業が待ち構えています。エネルギービジネス百戦錬磨の三菱商事は言わずもがな、百も承知しています。制度設計の不備を唱えながら、落札したわけでもありません。専門家が指摘する後付けの援護射撃に喜ぶ会社じゃないでしょう。

原発同様、地域と一体で数十年かけて事業化

 実際、計画実行に向けて、沖合に建設する千葉、秋田両県とは地域社会との連携、県など地方自治体との協力体制も整え、新規事業の創出に努力しています。受け入れ地域も洋上風力発電を地域経済の新たな起爆剤にしたいと考え、熱心に取り組んでいました。

 三菱商事は何もやらずに撤退したなんて文句を言うわけではありません。ただ、改めて肝に銘じて欲しかったのは、石油やガスの投資と違い、三菱商事や中部電力など事業主体が難問に直面しても地域と共に事業化に努力し続ける必要があったのです。

 原発建設計画を思い起こしてください。下北半島や能登半島で多くの原発や核燃料施設の計画を取材してきましたが、立地を決定してから、完成するまで何十年もかかるのが普通です。地域と一体で進めなければ一歩も進みませんし、当初の事業計画で見込んでいない設備投資がどんどん加わっていきます。事業計画の作成時から何十年も経過すれば、人件費や物価も高騰します。事業目論見が変わるのは当然なのです。だからこそ、原発事業は国が深く関わっているとはいえ、事業主体は公共機関の性格を帯びた電力会社なのです。 

 洋上風力発電は三菱商事が落札してからわずか3年。中西社長が予想を上回る事業環境の変化と説明しますが、それは担当事業部の計算間違いのレベル。そんな短期な視点で判断するのは短気じゃないと突っ込みたくなります。

政府に制度設計する力はない

 政府が制度設計する際に事業計画の目論見を誤ったのか。それも原発を思い出して下さい。政府の目論見などが当たった試しはありません。原発事故はあり得ないと繰り返し、安全神話を信じろと言い続けた電力会社と国に対する信頼は東日本大震災で崩れてしまったのを鮮明に覚えていますよね。

 資源小国の日本が自力でエネルギーを創造するのは、国のみならず企業が自らの限界を超えて努力する気構えが必須です。事業環境の激変や制度設計の不備を理由に事業断念を弁解するようでは、もともと参加する資格はなかったのです。

 改めてバフェット氏の慧眼を思い知ります。三菱商事や三井物産など総合商社の投資価値は、儲かると判断した事業を選択する投資ファンドと同じ事業形態であると看破していました。

 洋上風力発電の撤退は長期的な視点で国を支える事業を継続する企業として、総合商社は不適格と自ら認めたに等しいのです。

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