
日鉄・USスチール 黄金株はトランプの面目を保つだけ 真の黄金は日鉄に
トランプ米大統領の言い回しを真似れば、日本製鉄はディール大成功でした。
日鉄はディール大成功
日鉄はUSスチールの経営の重要事項について拒否権がある黄金株を米政府に発行すると表明、トランプ大統領からUSスチールの完全子会社化の承認を得ました。黄金株は拒否権など特殊な権限を保有する株式のことで、米政府の承認直後は概要がわかっていませんでした。
その後、ラトニック商務長官が明らかにした主な事項以外に秘密事項がないとの前提に立てば、日鉄にとって痛くも痒くもありません。大歓迎と声には出せませんが、思わず笑みが溢れる心境でしょう。
ラトニック商務長官がSNSに投稿した黄金株が保有する主な権限は、USスチールのアイデンティティであるペンシルベニア州ピッツバーグからの本社移転や社名変更を禁止するほか、日鉄が計画する140億ドルの投資のすみやかな実行を求めています。トランプ大統領が米国第一主義の象徴として掲げる生産設備や雇用の米国外移転も禁止しています。
日鉄は当初から140億ドルの投資計画を公表しています。承認が得られていない5月には、製鉄所新設も含めた具体的な投資を明らかにしており、日鉄によるUSスチール買収が米国経済に大きく貢献することをアピールしていました。トランプ大統領は承認によって140億ドルの設備投資は14ヶ月以内に始まると強調していますが、日鉄は当初念頭になかった(?)バイデン、トランプ両大統領による承認拒否で計画がずれ込んでいただけに、政府の口出しなど無用、早めに投資を実行したいというのが本音。日鉄の買収計画をみると、黄金株の禁止事項と反する内容は見当たりません。
日鉄は譲歩したのか
そもそも日鉄は買収承認を得るために譲歩し、大きな負担を背負ったのでしょうか。日本の鉄鋼産業は1970年代からUSスチールなどと激しい貿易摩擦を経験しています。鉄鋼市場を舞台に政府、政治家、全米鉄鋼労働組合(USW)など利害関係者がどう米国の政治、経済を動かしているか、その手の内を掌握しています。
高炉など老朽設備を抱え破綻寸前とはいえ、かつての米国産業の象徴であるUSスチールを買収すると発表したら、米国内がどう反応するかは事前に調査済み。あらかじめ対応策は十分に練っています。USWなどの反発に狼狽えるわけがない。「大人の会社」です。
米政府が黄金株で列挙した禁止事項は最終的な妥協に導く腹案として抱えていはずです。あくまでも推察ですが、米政府の面目を保つアイデアとして水面下で示唆していたのではないでしょうか。
日鉄にとって最優先事案は中国との対抗軸を早めに構築すること。設備投資がずれ込むなんてもってのほか。製鉄所のスクラップ&ビルド、電炉の拡充など矢継ぎ早に実行したいのが本音。USスチールを完全子会社に置くのですから、本社がピッツバーグのままで何も問題ありません。社名変更なんて考えるだけ無駄。雇用も熟練した従業員が確保できるうえ、政府が後押しするわけですからUSWもそう迂闊に抵抗できないでしょう。
黄金株は日鉄の手に
ラトニック商務長官は日鉄によるUSスチールへの140億ドルの投資について「戦略的かつ象徴的な米国企業を再生し、米国における鉄鋼生産を拡大する」と説明しますが、日鉄は巨大な米国市場のみならず、中国勢から世界市場を奪取する態勢を築くことができます。電気自動車(EV)など今後に幅広い需要が見込める電磁鋼板など最先端の鋼鉄技術力で打って出るためにも、USスチール再生を急ぐしかありません。
すでに「日米スチール」誕生後の世界市場ができあがっているかもしれません。米政府が手にしたと誇らしげに掲げる黄金株は、実は日鉄が手にしたいと願っていた「真の黄金」そのものなのです。