シャープ、YouTube創業者を取締役に「目のつけどころが違うでしょ」
シャープがYouTubeの共同創業者、スティーブ・チェン氏を社外取締役として迎えます。日本経済新聞によると、シャープはYoutubeなどの事業に携わってきた経験と知識を期待しているそうです。確かにYouTubeは世界的な事業と影響力を兼ね備えていますが、2006年10月にチェン氏がグーグルへ売却してからもう17年近く過ぎています。しかも、その理由はYouTubeの収益モデルが浮かばず、事実上手放した格好です。そのチェン氏にすがるとは!シャープの現況があまりに寂しい。
チェン氏が社外取締役候補に
チェン氏にはYouTubeをグーグルへ売却した直後にお会いしたことがあります。彼は広告など事業化に向けたアイデアが浮かばず、手放したと売却の理由を話した後、「私はラッキーだったよ」と笑っていました。その通りでしょう。当時、YouTubeは動画配信サービスとしてどんどん人気と用途が広がっている最中。でも、広告モデルとしてどう活用すれば良いのか、わからない。現在のツイッターと同じ経営状況です。
それが2006年10月、グーグルは16億5000万ドルで買収しました。現在の為替レートなら2300億円程度。17年前の物価状況を考慮すれば、今の感覚よりもっと巨額投資だったはずです。その後は説明不要でしょう。グーグルの収益を支える大黒柱になっているのですから。この買収は大成功です。
事業化できず手放した人物に頼るとは
シャープはそのYouTubeを創案したチェン氏に新規事業のアイデアを期待しているそうですが、果たして思惑通りに進むかどうか。チェン氏は2017年から投資ファンドを運営しており、スタートアップの目利きとしての洞察力や豊富な事例を持っているのは間違いありません。仮に有力な事案があったとしても、現在のシャープが事業化できるかどうかは全く別の話です。ちなみにチェン氏の取締役選任は6月27日の株主総会で決まります。
「藁にもすがる思い」。失礼ですが、こんな常套句が浮かんでしまいます。シャープは2023年3月期で2600億円を超える最終赤字を計上しました。最終赤字への転落は6期ぶりです。主力の液晶パネル事業は苦戦が続き、先行きも決して明るくはありません。数少ない明るい見通しが持てる事業は「スマートライフ」。プラズマクラスターで大ヒットした空気清浄機、調理家電など白物家電事業は前年度比5・1.%増の4687億円となりました。売上高が2兆5000億円ですから、全体の6分の1程度の比率となり、かつての液晶パネルのような浮揚力を持っているわけではありません。
シャープ本来の強さは「スマートライフ」
しかし、シャープ本来の強さは、「スマートライフ」で生き続けています。その代表例がプラズマクラスターであり、調理家電です。他の家電メーカーが真似できない技術とアイデアを基礎に価格競争に追われがちな白物家電市場で、シャープブランドは燦然と輝いています。
「目のつけどころが間違っているでしょ。」かつてシャープの企業イメージを体現したスローガンに例えれば、チェン氏の取締役選任はこう表現できるでしょうか。シャープは1990年から「目の付けどころがシャープでしょ。」を掲げ、携帯用ビデオカメラなどユニークな製品を次々と世に送り出してきました。
当時、親しかった副社長の言葉を今でも覚えています。「消費者が欲しい製品を調査をしても意味がない。近い将来ヒットする製品は何か。潜在意識を探って考える。目のつけどころが違うでしょ」と笑いながら、新製品開発の要点を教えてくれました。その後のシャープを支える液晶も、新製品を開発する過程で必要だから自社開発して誕生し、成長してきたものです。
「目のつけどころがシャープでしょ」は2010年10月、「目指してる、未来がちがう」に変更します。前年の2009年、液晶の象徴する亀山に続く堺工場が完成し、シャープは一気に舵を切ります。液晶やLED、プラズマクラスター、ソーラーなどに軸足を移し、高い評価を集めていた白物家電から距離を置き始めます。
液晶、LEDに軸足を移すも、違う未来へ
皮肉にも、その後のシャープは目指した未来とは違う道を歩みます。世界最高水準の液晶パネルは、シャープの未来を明るく輝かせるはずでしたが、待ち受けていたのは韓国勢などとの価格・投資競争。それでも突き進むシャープは苦境に落ち込み、2012年には台湾・鴻海(ホンハイ)の出資を受け、2016年には完全子会社化します。 新しいスローガンには「シャープが生み出す技術と新製品で、知らない間に未来が変わる」との意味を込めたそうですが、自らの運命を見誤ってしまいました。
シャープは2024年3月期に向け、ゲームチェンジを実現する革新技術とデバイスを開発して、黒字化を達成すると強調しています。その足がかりの一つがYouTube創業者の社外取締役選任であるなら、自社技術の自信の無さを自ら公表しているようなものです。「目のつけどころ」よりも、未来が見えていないのかもしれません。