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「おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉」トヨタの鵜飼いがあまりに危うい、観客は悲しい

「おもしろうてやがて悲しき鵜舟哉」。松尾芭蕉の名句です。岐阜県の長良川で繰り広げられる鵜飼いの夜を詠みました。すばらしい鵜飼いの捌きに見惚れていたのに、鵜舟が帰る時はなんと悲しいことか。目の前に情景が蘇る描写力に感動し、鵜匠が去る後ろ姿に寂しさも覚えます。

 松尾芭蕉の名句が思わず浮かんだのは、トヨタ自動車の豊田章男会長のインタビュー記事を読んだ時です。「文芸春秋」の電子版と8月号に掲載されています。豊田会長の「言ってはいけませんが、でも本音を言えば・・・」というタイトルに引かれて読みましたが、なんとも悲しく、寂しい気持ちになりました。

 トヨタ自動車を取材し始め、もう40年。豊田英二、豊田章一郎、奥田碩・・・と続く社長・会長が時代の変化を飲み込み、決断する胆力を間近で体感する幸運にも恵まれました。それがトヨタを世界一の自動車メーカーに押し上げ、日本経済の強さの源にもなりました。それだけに勝手な思い入れとの批判を浴びるでしょうが、あのトヨタからこんな弁解を聞くとは思いもしませんでした。日本の産業史に名を残す豊田英二、奥田碩のお二人が文字通り、芭蕉の句に詠まれた鵜匠の姿と重なり、今さらながら懐かしい。

日本の制度なのに米国基準を意識

 文春のインタビュー記事から一部を引用します。

今回トヨタがやっていた試験では、クルマの後ろから重い台車をぶつけるテストがありましたが、基準より700キロ重い台車をぶつけたんです。それでそのデータを使った。これはアメリカの基準を意識したものでした。だけど日本の制度は「1100キロでやりなさい」となっているから、1800キロでやるのは法令違反。

 豊田会長は、保安基準、認証制度は日本の法規に沿っていなければ法令違反と認定されると承知していますが、認証制度の重要性を理解していないようです。1800キロの衝突で基準を満たすから、1100キロも大丈夫と言う推論は全く無意味。日本の保安基準、認証制度は日本の実情を踏まえて設定されており、米国で大丈夫だから日本でも大丈夫という論理の飛躍はありえません。 

 相撲を見てください。十両力士がたとえ体重が200キロあっても、150キロの関脇に勝てるわけがありません。重量は一つの目安に過ぎません。制度面で日米比較していますが、米国の税制度に対応しているのだから、日本の税制度も問題ないと主張するのと同じです。国によって制度の中身、役割が異なります。

このルールは見直しませんか、ということを今、われわれの口から言ってはいけないことはわかっています。言ってはいけませんが、でも本音を言えば、いずれかの時点では見直す議論が出ても良いと思っています。

 豊田会長は認証制度の見直しも求めています。制度が現況と齟齬が生じているなら、議論して修正するべきです。ただ、それは不正を犯す前に主張すべきです。現制度に不正を犯した直後に会社のトップが主張すれば、それは開き直っているだけ。異論があるなら、訴訟を起こすべきです。

日野の認証不正は1年間、隠されていた?

 認証不正が発覚した6月3日、トヨタの緊急記者会見の席上で豊田会長が「ブルータス、おまえもか」と発言したことについても説明があります。

あれには前段がありましてね。グループ会社では、最初に日野自動車の認証不正が発覚しました。社内で問題が分かった段階で、私は「早く発表した方が良い」と3回も4回も繰り返し言ったんです。ところが発表は結局、1年以上も遅くなってしまった。

 ダイハツの場合は最初、内部告発から始まりましたから、私は告発があった工場に行って、「ここに内部告発した人がいるそうだけど、ありがとう」と御礼を言いました。その人のおかげでわかったんだから。周囲にも「犯人捜しをするなよ」と言いました。だけどダイハツも世の中に説明するまでに、時間がかかった。それでトヨタグループの信頼を失うところまで持っていってしまった。

 驚きの事実です。日野自動車の不正認証は発覚する1年以上も前にわかっていたのです。ダイハツの場合も「時間がかかった」そうです。1年以上も遅くなった事実について、隠蔽といわれたらどう答えるのでしょうか。

会長が指示しても無視する組織とは

 驚きの事実がもう一つ。豊田会長が3回も4回も指示したことを無視する社員がいたことです。トヨタは良くも悪くも一度定まったら、ブレない会社です。経営陣が指示したことは現場の末端まで伝え、徹底する組織です。会長の指示が無視されるなんて驚きです。

 グループに問題が起きれば、メディアは再発防止=原因追及=犯人捜しになるんです。だからあの会見では「私が犯人です」と自首したわけです。私が自首すると何がいいかというと、現場が落ち着くんです。私は誰のせいにもしませんから。私が出て行って、「信頼を失ったのは私の責任です」と明確にすることによって、組織はもう一度動き始めるんです。

 豊田会長は犯人捜しするメディアを揶揄していますが、不正を犯したのはトヨタです。メディアが不正の源を問うのは間違っていません。あえて犯人として自首したといいますが、再発防止を考えたら不正の源をうやむやにすることはあってはならないことです。まるで無実の罪を背負うかのような印象を与える発言は避けた方が良いですよ。

 記者会見では、主権は現場にあると強調していましたが、経営責任はトヨタのトップ、豊田会長が負うのは当然です。経営の全権を握っている人物です。だからトヨタは16億円を超える報酬を会長に支払っているのです。トヨタ社員の平均年収は2023年、900万円程度です。その格差は経営責任の重さを意味しているのです。

 あれ(「ブルータス、おまえもか」の発言)は考えていました。考えたのは私です。想定問答をやった時に、私だったら「ブルータス、おまえもか」とまず言うなと。そうしたら、やはり「会長はどう受け止めたか?」という質問が来ましたので、あのように答えたわけです〉

言動に場違い、意味の取り違い

 豊田会長とは同世代ですから、トヨタに入社したころから言動をよく見て、聞いていました。トヨタ社内から情報も届いていました。かなり早い時期から、その言動に場違い、意味の取り違いが多い人物と理解していました。

 「ブルータス、おまえもか」も同列です。このフレーズは誰が言ったのか知っているのでしょうか。ローマ帝国を支配したカエサルです。右腕と信じていたブルータスの刃で暗殺されたのですが、その理由はカエサルの政治手法について、多くの元老院が抱く不満が背景にありました。このフレーズを使うこと自体、自らトヨタ帝国の皇帝であると社内外に宣言しているわけです。宣言しなくても、誰もが知っている事実ですが、きっと本人が皇帝としての信頼性を失っていることに気付いていないのでしょう。

 それは次の発言でよくわかります。

私が再三言ってるのは、絶対に完璧なんかないということ。だから間違いはするという前提でやっている。そして現場の人たちは、絶対に本音なんて言いません。だから現場の人たちが何か言ってきた時に、本当は何が言いたいんだろうなと想像力を働かせないとやっていけません。だから私の段階ではないと言っているのはそういう意味です。大切なことは、私がどれだけ感知できるかです。ただね、37万人もの従業員がいて、1000万台も売って、世界中で作って売っているんですよ。すべてを感知できるかというと無理です。ぜんぶを完璧にやるなんて無理だと思います

「現場は絶対に本音を言わない」理由は何か

 なぜ本音を言わないのか。理由は明白です。会長を信頼しておらず、仮に本音を伝えたら自分自身に不利なことは起こる社内の空気だからです。経営者は、信頼関係を醸成するのが最大の仕事です。それをガバナンスと呼びます。会長が想像力を働かせ、感知しなくても、社内の意見を集め、共有できる組織に仕立てるのです。

 先日の株主総会で会長としての信任票が71%にとどまった理由がまだわかっていないようです。創業家によるガバナンスしか理解していないのでしょう。だから、「番頭」と呼ぶ役職を経営陣に設定しているぐらいですから。

「現場の人たちは、絶対に本音なんて言いません」「私がどれだけ感知できるかです」。このフレーズはきっとトヨタの工場がある街の居酒屋で酒のサカナになるのでしょうね。

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