
豊田織機が非公開 TOYOTAから豊田自動車へ時計の針を巻き戻す
トヨタ自動車の豊田家出身の会長・社長にお会いした経験があります、豊田英二、豊田章一郎、豊田達郎、豊田章男とお名前を並べただけで十分、説明は不要でしょう。
最も印象深い経営者は豊田英二氏です。1980年代後半、トヨタ会長として経団連会長の椅子をめざしていました。すでに日本の自動車メーカートップの地位を不動のものにしていましたが、「三河の田舎者」と揶揄する陰口が囁かれます。実際、産業政策や企業経営の世界戦略は日産自動車がリードしており、東京・銀座に本社があったことから「銀座の通産省」と呼ばれていました。
豊田英二氏は世界企業へ舵を切る
一方のトヨタは最強の国内販売網に支えられ、ひたすら稼ぐだけ。時折、素晴らしいヒット車を放ちますが、大半は耐久性を重視した「壊れない地味な車」。戦後まもなく倒産寸前に陥った苦い経験から得た教訓「自分の会社は自分が守る」を貫き通し、それが「内にこもる」と勘違いされてしまいます。
豊田英二氏はトヨタ自動車を豊田からTOYOTAへ舵を切ろうとしていました。創業者・豊田喜一郎の理念を守りながら、米GMなどと「競争と協調」しながら世界企業へ飛翔する。経団連会長の座はあくまでも一里塚。1980年代、米国に次ぐ世界第2位の経済大国に飛躍した日本の経済界をリードする立場になり、トヨタそのものを世界企業に変貌させたかったのです。
それから10年ほど過ぎて経団連会長に豊田章一郎氏が就任しました。失礼ながら、選ばれた理由は本人の実力よりトヨタの企業体力。言い換えれば財力でした。後継社長を託した弟の達郎氏は体調不良もあって早めに退き、社長には創業家以外の奥田碩氏が就きます。
名実ともに豊田はTOYOTAに。創業家出身かどうかは二の次。質実剛健を体現したトヨタに実力のある経営者が就けば、世界1位の自動車メーカーに飛翔するのも当然。その後、奥田氏は経団連会長に就き、曲がり角を迎えた日本経済の改革を率います。豊田英二氏の思いが叶った瞬間でした。
その時計の針を逆戻りに巻き戻す動きが始まりました。
非公開化に向け創業家だけで2000億円を
豊田自動織機は6月3日、株式非公開化に向け、トヨタ自動車などの株式公開買い付け(TOB)を受け入ると発表しました。トヨタ不動産とトヨタ自動車などが出資する特別目的会社(SPC)が株式を買収し、12月上旬にTOBを実施します。
豊田織機は豊田佐吉氏が1926年に創業したトヨタ自動車の祖業です。自動車はじめ関連する事業を分離して、740社を超えるトヨタグループ企業を生み出しました源流であり、今でもグループの要です。トヨタ株が9%、デンソー株5%、アイシン株8%、豊田通商株11%などグループ企業の株式を保有しており、それぞれの企業が他の系列企業の株式を保有する広がりを考えれば文字通り、扇の要。
しかし、身内で株式を保有し合う豊田家の天動説は、創業家の論理よりも株主の権利を重視する現代と逆行します。定時株主総会が近づくと、アクティビストと呼ばれる海外の投資ファンドから企業統治のあり方を問われる機会が増えます。
創業家への求心力回復に腐心するトヨタ自動車の豊田章男会長にとっては理不尽に感じられたのでしょう。箸の上げ下ろしをとやかく言われる筋はない。そんな思いが豊田織機の株式非公開化を決断させました。
非公開化に向けてトヨタ自動車は7000億円を使うほか、豊田家の不動産管理会社・トヨタ不動産が1800億円、豊田章男氏も個人として10億円を出資するそうです。トヨタ不動産の会長は豊田章男氏ですから、創業家だけで2000億円近い資金を投じる計算です。
不正認証を引き起こした織機がグループを牽引
豊田織機の伊藤浩一社長は株式の非公開化について「グループ全体でモビリティー企業(への変革)を推進する。豊田織機が中心的な使命を果たし、グループ全体を 牽引 する」と強調しました。唖然しました。日野自動車、ダイハツ工業と並んで不正認証の不祥事を引き起こした豊田織機の社長がグループ全体を牽引すると明言する。後味の悪い違和感を覚えました。
トヨタ不動産の近健太郎取締役は記者会見で豊田章男氏が出資する意図を説明しています。
グループ全体の大きな形の変更にコミットし、確実に進める。現場主導で確実な成長力、競争力に変えていくために非常に重要だ。経営の実権を握ることは想定しておらず、また持ち株会社の取締役に就くことも予定されていない。章男氏は資本家として、個人が非公開の会社に長期でコミットする。短期的ではなく長期で支えるのが資本家だ
誰もが豊田章男氏がグループ企業の経営の実権を握っていると知っているにもかかわらず、「握ることを想定していない」と不動産取締役に代弁させるのはちょっと格好悪い。
トヨタを祖業した豊田佐吉氏の甥である豊田英二氏がグローバル企業への先鞭をつけたのに、喜一郎氏の曽孫がTOYOTAを豊田自動車へ引き戻す。佐吉氏の理想を追い、この40年間に費やしたトヨタ自動車の従業員の努力は創業家に固執する人間によって水の泡となって消えてしまうのでしょうか。改めてトヨタは誰のものなのか? 問いたいです。
◆ 写真はトヨタタイムズのHPから引用しました。