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トヨタ「社外取締役が半数」内実はダチで固め、企業統治は骨抜き

 トヨタ自動車の豊田章男会長の高笑いが聞こえてくるようでした。6月12日の定時株主総会で決定した取締役体制は一見、企業統治(コーポレートガバナンス)に向けた改革に踏み込み、創業家回帰に腐心する豊田会長に対する批判をかわしたかに見えますが、果たしてそうでしょうか。内実は豊田会長の息遣いを理解できる身内、友達より強い絆を感じる「ダチ」で固めた印象です。日本を代表するトヨタが企業統治を骨抜きにする所業を選ぶとは予想もしませんでした。残念というか、寂しいかぎりです。

監査等委員設置会社へ

 トヨタですから、企業統治に向けた経営改革の骨格は見事です。まず監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行します。取締役に監査する役割も加えて、業務執行が適切であるかを監督する取締役に変身させ、取締役会の議論を深めます。企業統治の視点を堅持しながら、世界一の自動車メーカーであるトヨタの意思決定を早める方策として素晴らしい。

 取締役会も変わります。「監査等委員会設置会社」への移行に伴い、取締役6人と「監査等委員である取締役」4人で構成。このうち豊田章男会長、佐藤恒治社長、中嶋裕樹副社長、宮崎洋一副社長の4人が執行役員を兼務する形で再任され、いずれも代表取締役に就任。代表権者はこれまで豊田会長、佐藤社長、早川茂副会長の3人でしたが、退任する早川副会長に代わって副社長2人が加わり、4人に増えます。社長はもちろん、副社長2人にも裁量権を広げ、業務の執行速度を加速させる狙いなのでしょう。

 企業統治の真髄はここから。社外取締役は4人から5人へ増やし、取締役会の半数を占める体制とします。トヨタと利害関係が無い独立した取締役が半数を占めれば、より中立的な立場から議論を展開でき、深めることができるからです。社外取締役は岡本薫明、藤沢久美、ジョージ オルコット、大島眞彦、長田弘己の計5人です。

 企業統治を機能させる骨格は万全です。しかし、外形基準を満たしても、設計図の通りに機能しなければ「絵に描いた餅」「画竜点睛を欠く」の例え通り、トヨタは加速どころか、エンストしてしまいます。とりわけ、トヨタグループはここ数年、日野自動車、ダイハツ工業、豊田自動織機製作所で不祥事が続いているうえ、創業家の求心力を強める豊田会長の経営手法に批判が広まっています。豊田会長、佐藤社長ら執行陣の舵取りを監視する力を社外取締役に期待できるのでしょうか。

社外取締役の独立性は?

 社外取締役の顔ぶれをみてみます。岡本氏は元財務事務次官。国内外を見渡す視野の広さ、見識の深さに異論はありません。日本たばこ産業副会長、読売新聞社東京本社などの社外監査役を務めるなど財務官僚として築き上げた人脈の広さがうかがえます。

 藤沢久美氏はかなり以前から取材などを通じて知っており、シンクタンクのソフィアバンクの頃は新聞社の事業絡みでもお世話になりました。経済状況や企業経営の問題点などをていねいに分析して意見を述べる力に優れている人材です。

 ただ、岡本、藤沢両氏とも周囲を見渡す能力に長けているだけに、取締役会の議論の落とし所を察しながら意見を述べるのではないでしょうか。世界企業のトヨタに真正面から物申すことができなければ、あれだけの巨大企業を変えることはできません。

 大島眞彦氏はもう豊田家の身内同然。三井銀行に入行後、三井住友銀行副会長にまで上り詰めましたが、豊田家にとって三井は別格の存在。トヨタのメインバンクは三菱UFJと三井住友の2行ですが、戦後間もない経営危機に襲われたトヨタを救済した銀行が三井銀行です。豊田章男氏の母、豊田章一郎氏の妻である博子さんは三井家出身。ちなみに章男氏の妻の父親は、三井物産副社長を務めた方です。独立した社外取締役とはいえ、大島氏は出身母体の三井住友銀行、さらに歴史的な経緯を踏まえた精神的な絆を考えれば、どうみても身内でしょう。

 長田弘己氏は中日新聞出身です。現役時代にトヨタグループの連載企画キャップとして活躍するなど実績があるジャーナリストですが、豊田会長や経営に好意的な記事を執筆したという評価が多いようです。2024年3月に中日新聞を退社して、同年6月にトヨタ監査役に就任し、1年後に社外取締役に。中日新聞は愛知県、東京都、北陸を中心にするブロック紙ですが、最大の金城湯池である愛知県に多くのグループ企業を持つトヨタとは密接な関係にあります。長田氏はジャーナリストとしての視点から意見を述べるのかもしれませんが、果たしてトヨタと厳密な中立関係を維持できるのでしょうか。

 ジョージ・オルコット氏はオックスフォード大学を卒業後、経営学を究める一方、日本でも金融機関に勤め、2022年6月からトヨタ監査役を務めています。欧米や日本に精通しており、トヨタの常識とは異なる発想で意見を述べるのでしょう。

 米国の議決権行使助言会社インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)はオルコット氏が過去にトヨタなどが設立した学校法人とアドバイザー契約を結んでおり「独立性を欠く」と取締役選任に反対した経緯があります。トヨタは「一般株主と利益相反が生じるおそれがない」と反論していますが、厳密に独立した社外取締役かどうかの疑念が消えたわけではありません。

 ざっとですが、経営改革の根幹である社外取締役の独立性のみならず、取締役会で半数を占める意味がどこまで期待できるのか。トヨタが引き続き経営改革に挑むことを望んでいますが、「仏造って魂入れず」の教訓を忘れないでほしいです。

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