創業家への大政奉還「鈴木敏文追放、業績不振、カナダ社の買収 MBO」すべてシナリオ通りだったら、凄い
長年の相剋、信頼と裏切り、成功の絶頂から奈落へ、そして大ドン返しも。まるでドラマ。セブン&アイ・ホールディングスを巡る波乱万丈の企業ドラマを見ていると、一級品の作品を見ている思いがします。大ヒットしているNetflix「地面師たち」に遜色ない出来映えになるはず。仮に原作者がいるとすれば「ハゲタカ」で知られる真山仁級の作家でしょうか。タイトルをつけるとしたら「創業家の逆襲」、いや「伊藤家への大政奉還」か。その結末で笑うのは誰でしょうか。
ドラマは鈴木敏文・追放劇から
ドラマは鈴木敏文・追放劇から始まります。2016年4月、セブン&アイ・ホールディングスの会長であり、セブンイレブンの創業者である鈴木敏文さんが追放されました。鈴木さんは「後継者として適任ではない」を理由にセブンイレブンの井阪隆一社長に退任を迫りましたが、井阪社長は逆襲へ転じます。鈴木さんは絶大な信頼を得ていると信じていた創業者の伊藤雅俊さんらの後ろ盾を失っていることを知り、自ら辞任する決断を下します。井阪社長の背中の向こうには伊藤家がいたのです。
背景にはカリスマとして君臨した「鈴木敏文」を怖れる勢力が広がっていました。セブン&アイの創業者は、祖業の洋服店から総合スーパーのイトーヨーカ堂を起業し、日本を代表する小売業グループに育て上げた創業者の伊藤雅俊さんです。鈴木敏文さんは日本にコンビニエンスストアという真新しい小売りモデルを持ち込み、「セブンイレブン」で日本の消費行動を大きく変えることに成功しました。
当時、大黒柱だったヨーカ堂は総合スーパーの神通力が衰えると共に収益力は低下。次代の成長力をセブンイレブンに託す世代交代期を迎えていました。狙い通り、大躍進したコンビニ事業はセブンイレブンの創業者である鈴木さんを伊藤さんに代わって経営の実権を握る地位に押し上げます。
しかし、長年のカリスマ、独裁経営は内部から崩れ始めます。伊藤家は創業家として奉られていましたが、あまりにも鈴木さんの権勢が強いせいか、鈴木さんの後継は息子の鈴木康弘さんと噂され、いつかは鈴木家が創業家に差し代わるのではないかという陰口が広がります。「鈴木敏文」の追放は伊藤雅俊、次男の順朗の両氏が経営の実権を奪い取る衝撃の一手でした。
第2幕は没落の始まり
第2幕は「セブン&アイの没落」でしょうか。鈴木さんを追放した後、伊藤雅俊、次男の伊藤順朗の両氏を後ろ盾にした井阪社長は鈴木さんに代わって経営を率います。鈴木さんの慧眼は正しかったのか、業績は上向くどころか下降気味に。祖業のイトーヨーカ堂は凋落の一途を辿り、歯止めがかかりません。
大株主となった海外ファンドから経営改革を迫られ、お荷物と言われたデパートの西武そごうを売却しても上昇気流に戻れません。井阪社長の評価は下がる一方。その後も繰り返し海外ファンドからヨーカ堂の分離を迫られ、経営陣が右往左往していたら、今度は最強と思われたセブンイレブンすら足元がふらふらに。打つ手、打つ手が後手に回り、追い上げる立場のファミリーマートやローソンが「セブンイレブンは大丈夫か」と心配するほど。
ただ、創業家の伊藤家は、井阪社長の不甲斐ない経営手腕は織り込み済みだったのではないでしょうか。「鈴木敏文」「井阪隆一」に象徴されるセブン&アイの生え抜き経営者らは創業家が再び経営トップに返り咲くためには目の上のたんこぶ。とはいえ、日本を代表する小売業グループに育て上げた功労者。簡単に引き摺り下ろすわけにはいきません。鈴木敏文を切ってまで引き立てた井阪社長でも業績を回復できないなら、後継者はどうするのか。業績が多少悪化してでも井阪社長に描いてもらう腹づもりだったのでしょう。
2024年5月、創業家出身の伊藤順朗氏が副社長に昇格しました。創業家を旗印に祖業のイトーヨーカ堂改革を急ぐ目的が理由ですが、世襲制など何の批判を浴びることなく伊藤家が表舞台に登場することができました。残るは、いつ完全に実権を奪取するか。
第3幕は買収提案
第3幕は「待ち望んでいた買収提案」と呼びますか。鈴木敏文・追放から8年後の2024年8月、カナダのコンビニ大手アリマンタシォン・クシュタールから買収提案が届きます。買収金額は8兆円を超え、日本最大の買収案件として注目を浴びることに。井阪社長ら現経営陣は海外からセブン&アイを「お買い得」と評価されるほど企業価値を下げてしまったようです。経営を任せていた創業家としては大慌てするはずですが、むしろ「渡りに船」と受け止めていたのではないでしょうか。
練り上げていた秘策が飛び出します。伊藤順朗副社長と伊藤興業はMBO(経営者による買収)を発表し、対抗する構えを公表しました。カナダ社が8兆円なら、9兆円規模の資金を準備します。メガバンク3行に伊藤忠商事も支援します。伊藤忠はファミリーマートを傘下に収めており、MBOが成功すればセブンイレブンと連携する可能性もあります。「鈴木敏文」「井阪隆一」に代わるセブン&アイの番頭さんの役割を担ってくれるのでしょう。
最終幕は、やはり「大政奉還の完結」でしょうか。1920年、東京・浅草に開業した「羊華堂洋品店」が祖業です。セブン&アイは100年以上の歴史を綴って世界の小売業へ飛躍しました。ヨーカ堂創業者の伊藤雅俊さん以外は、創業家が経営の表舞台に出る場面はほとんどありませんでしたが、MBOが成功に終われば正々堂々と伊藤家はセブン&アイをモノにできます。
夢想はともかく、現実のドラマが楽しみ
2016年4月から始まったシナリオは、早ければ2025年春には完結を迎えます。創業家によるMBOは2025年2月期までに終える手続きを計画しているからです。伊藤家への大政奉還で完結するのでしょう。
以上は、頭の体操を兼ねて夢想してみました。果たして現実のドラマはいかに進行するのでしょうか。波乱万丈の経営は終わりを告げるのか。楽しみです。