日鉄の買収が成功へ?政治的ガス抜きを終え、イーロン・マスクがEV拡大に向け妙手??
日本製鉄は提案しているUSスチール買収の成否が6月まで猶予されました。バイデン大統領は買収提案に対し禁止命令を決定し、2月2日までに放棄するよう求めていましたが、米政府の委員会が6月18日まで延期することを認めました。日鉄やUSスチールがバイデン大統領らを相手に命令の無効と審査のやり直しさを求める訴訟を起こしており、1月20日に就任するトランプ大統領の判断も交えて仕切り直しするのでしょう。先行きは依然、不明。もし買収が成立するとしたらカギを握るのはイーロン・マスク氏ではないか。EVメーカーのテスラにとって日本製鉄・USスチールは重要な役割を果たすからです。
成否は6月まで猶予
2023年12月に発表した日本製鉄の買収提案は、CFIUS(対米外国投資委員会)が安全保障上の視点から審査していました。全会一致で結論を出せず、1年後の2024年末にバイデン大統領に判断が委ねらていました。両社は「期限延長したことを歓迎する。米鉄鋼業界と利害関係者にとって最善の未来を確保する取引が完了することを期待している」との共同声明を発表していますが、並行して独占禁止法の審査も続いており、これからUSスチールの経営動向も含めて多方面で議論が広がっていくのは確実です。
米大統領がバイデン氏からトランプ氏に移っても、楽観はできません。日本製鉄が2023年12月、買収提案を発表した際、大統領選を1年後に控えていただけに阻止する意向を明らかにしていました。バイデン大統領ら民主党の大票田は労働組合です。すでに全米鉄鋼労組はUSスチール買収に対し工場閉鎖や雇用削減などを理由に反対を表明していました。トランプ氏はバイデン大統領への対抗上阻止を唱え、民主党の支持層切り崩しを狙いました。
今回の選挙でも明らかになりましたが、トランプ氏ら共和党はかつて民主党の強固な支持層であるペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンなど中西部で高い支持を集めています。赤茶に染まった古い工場を例えにラストベルト(錆びた地帯)と呼ばれ、民主党が怠ってきた新たな地域振興策をトランプ大統領に期待しているのです。USスチールの本社はペンシルベニア州ピッツバーグに構えています。まさにラストベルトの象徴といって良いでしょう。だからこそ全米鉄鋼労組の反対表明は大統領選でも注目を集め、民主党も共和党も買収提案の阻止を支持したのです。
USスチールはラストベルトの象徴
もっとも、自身の目的達成ならどんな権謀術数も躊躇しないマキャベリズムに徹した人物です。大統領選の勝利を手にした今、手のひら返ししても驚きません。6月まで冷静に考え直す時間が目の間にあります。日本製鉄のUSスチール買収提案は、果たして労組や地域経済に不利に働くでしょうか。追加提案として10年間、生産能力を削減しないほか、取締役会は米国籍が過半を占めることを言明しています。
しかも、工場の設備更新が加速するのは確実です。日本製鉄、USスチールともに高炉メーカーですが、CO2排出量が少ない電炉を使った無方向性電磁鋼板の増産を計画しています。無方向性電磁鋼板はEVの電気モーターの鉄芯などに使われ、EVの普及に伴い需要が大きく伸びるのは間違いありません。電炉はCO2の排出量も少ないため、地球温暖化の元凶といわれる高炉メーカーの日本製鉄もUSスチールも設備ラインを大きく更新してカーボンニュートラルを実現しなければ生き残れません。
政治的な儀式と割り切ってみれば、これから労組に対するガス抜きが始まると見てもおかしくありません。バイデン大統領は禁止命令で一応、支持層の労組に約束を果たしました。トランプ大統領には4年間の時間があります。
テスラにとって電磁鋼板は欠かせない
注目したいのがイーロン・マスク氏。トランプ政権にとって目玉の政策である政府効率省のトップに就任しますが、世界最大のEVメーカーの創業者としての顔も忘れるわけにはいきません。彼を抜擢したトランプ大統領は、石油・ガス、石炭など化石燃料を生産する産業を支援する代わりに、EVなど新エネルギーの補助金制度を縮小する方針です。奇妙な関係です。
驚くことはありません。トランプ氏を上回るほどのマキャベリストのイーロン・マスク氏がテスラに不利な政策を野放図に認めるわけがないじゃありませんか。ラストベルトの再生に向けてEV向け部品の米国生産拡大を掲げて、USスチールの再興を後押しすると思いませんか。なにしろEVでバッテリーやモーターに使用するレアアースは中国が握っており、まさに安全保障上の問題となっています。USスチール支援の材料はいくらでもあります。
EVの世界競争はこれから本格化します。その重要素材を生産するUSスチールを支援しないわけにいきません。安全保障上の観点で否決された買収提案は5月ごろまでには、安全保障上の観点から一転、認められる可能性があると思うのは自然の流れです。