
レンタルのニッケン 新規事業の発想は「クソ味噌戦略」 世間体など気にせず挑戦と勇気を最優先
「これからはヤケ糞、いやクソ味噌かな?」。レンタルのニッケン社長の亀太郎さんが発した言葉を聞いた時、まさに耳を疑いました。
トイレ開発で新発想
新規事業の戦略のポイントをお聞きしたのに、亀さんの口からは「ヤケ糞、クソ味噌」の4文字。英語の4文字じゃないので問題?はありませんが、いくら先行きが怪しい、いわばお先は真っ暗なベンチャー企業の気分を表したいという思いがあったとしても、自社の将来をヤケ糞に例えることはないでしょう。あわてて「ヤケ糞、クソ味噌ってなんですか?」と聞き返したら、いかにも思う壺にハマったといわんばかりに喜び、教えてくれました。
「トイレのレンタル事業をこれから拡大するんですよ」。レンタルのニッケンは建設機械を主力に事業を拡大していましたが、お客さんからは工事関連以外でもレンタルしてほしいと希望する品目がどんどん増えていました。なかでも建設現場で絶対数が不足しており、切実な問題になっていたのがトイレ。
亀さんは「ビルや住宅の建設現場を思い出してください」と言います。地盤の整備、基礎工事を始めた当初はもちろん、更地。建設機械を操作する作業員ら多くの人間が働いていますが、周囲にトイレはそうありません。建設工事事務所や公共トイレを使うにしても、工事現場から遠い場合もあります。工事以外でも、1980年代に入って多数の観客が集まる屋外の大規模イベントが増え、個人用の簡易トイレの需要は広がっていました。
今では個人の簡易トイレは当たり前のように見かけますが、1980年代は個別に処理する技術にコストがかかり、気軽にレンタルできるレベルではありませんでした。汲み取り式や浄化システムを利用するものはありましたが、トイレのレンタルはやっぱり小型で手軽に、しかも割安に使えないと商品として扱えません。
裏返せば、運搬が簡単で配置場所も取らない簡易トイレを開発できれば、かなり有望なレンタル事業に成長する。社長の亀さんは読んでいました。
味噌の成分は同じ?!
その開発ポイントのミソが味噌でした。大便をコンパクトに処理できれば、小型で持ち運びが容易なトイレが実用化できる。味噌を実験材料に乾燥させたり、脱臭して固形化したり。いろいろな処理方法で実験して、トイレのタンクに溜まった排斥物を簡単に回収して、一度配置したトイレを何度も繰り返し使えるようにするのが目標です。文字通り、こねくり回す試行錯誤の段階と話します。
「味噌で処理できたとしても、人間が排出する便に応用できるのですか」と質問したら、亀さんはドヤ顔で「味噌は見た目もそうだが、成分も大便とほぼ同じ。」と説明します。
目標は単純明快ですが、ゴールは思ったより遠いそうです。トイレで使用している最中に異臭が広がってもダメ。回収は簡単にできるといっても、作業中もクリーンが必須。なによりも多くの人が利用できるぐらいの処理能力を備えなければ、簡易トイレはすぐ使用禁止と評価されてしまい、使い物になりません。
亀さんの説明を聞きながら、脳みそがクソ味噌のようにごちゃごちゃになってしまい、正直言ってレンタルトイレの処理タンク内がどんな仕事をしているのか想像がつきません。そもそも「美味しい味噌をどうして実験材料に使うのか」という最も素朴な謎が解けないものですから、なおさらです。実験後に廃棄される大量の味噌を想像したら「当分は味噌汁は飲めそうもない」と心の声も寂しそうに囁いていました。
ベンチャーの真髄は勇気と覚悟
脳みそがヤケ糞になって、ようやく気づきました。亀さんは誰もが始めていない事業に手を広げる時、社会常識や体面に捉われずに挑戦する心意気を最優先しているのだ、と。レンタル事業そのものがまだ開発途上の時代でした。自動車や家電製品の新製品開発のような派手なイメージは全くありませんし、多額の開発投資が手元にあるわけがありません。
しかし、レンタルで扱う製品はなに不自由なく、そして安く使えるのが当たり前にならなければ普及しません。
商品の発想は現在の100均の盛況と重なります。こんなものがあったら、便利な製品とは何か? 世間体に捕らわれていたら、ユニークな開発ができるわけがない。すべてをまっさらに考えて、事業を創出しよう。社員はもちろん、顧客、取引先も含めて奇抜なアイデアに取り組むレンタルのニッケンを知ってもらい、レンタル事業の弾みをつけたい。 「ヤケ糞!」と捨て鉢な言葉とは全く逆転の発想です。
社長の亀さんは隣の鶴さんと漫才のやりとりのように楽しげに会社の将来を語っていましたが、それから数年後の1990年に三菱商事の出資を受け、2015年には完全子会社となりました。事業基盤はより盤石に。レンタルのニッケンでは、ビジネスネームは今も健在。トイレのレンタル事業も順調です。「鶴は千年、亀は万年」。亀さんと鶴さんの笑顔が忘れられません。