
MLB観戦(下)ドジャース、寝たきりの人でも野球を楽しめるスタジアム運営に脱帽
「そこを離れてください!」ピーピーと笛の声が背後からしたと思い、振り返ったら、規制テープが張り巡らされていました。なにか思わぬ出来事が発生したのかと思っていたら、救急車で見かけるストレッチャーが近づいて来ました。急病人かなと思いましたが、周りの様子を見るとどうも違うようです。ストレッチャー上には女性が横たわり、目を瞑っています。医者の姿はなく、球場スタッフが先導しながらギャラリーに移動してきました。家族はすぐ後ろにいましたが、応急処置という危機的な雰囲気ではありません。いつも通り、そばに付き添っている印象でした。
ギャラリーにストレッチャーが
ドジャース・スタジアムのギャラリーを眺めていた時です。ギャラリーはドジャースに所属した往年の名選手らを描いた絵画や公式ボール、シューズなど関連グッズが展示されています。もちろん、大谷翔平選手がバッタボックスで構えた瞬間を捉えた画もありました。
ギャラリーで応急処置するわけではないようです。私は離れて見ていましたが、ドジャースの名選手らの絵画や記念品を鑑賞できるようにストレッチャーをゆっくり移動させています。横たわっている女性の病状は全く分かりません。ただ、球場の雰囲気を体感させているよう映りました。
ギャラリーはドジャースが積み重ねて来た歴史の瞬間を感じる空間を提供しています。球場内は過去のスター選手らに焦点を合わせた写真や記念品が多く展示されていますが、絵画は写真とは違った雰囲気を醸し出します。大谷選手の絵画も本人とはあまり似ていませんが、投手が投球ポーズに入り、どんなボールが投げ込まれるかを見据える鋭い目つきと緊張感はしっかりと伝わって来ます。
MLBの球場をシアトル・マリナーズ、ニューヨーク・ヤンキース、ロサンゼルス・ドジャースの3ヶ所しか訪れたことがありませんが、いずれもチームの歴史をとても大事に守り、ファンの皆さんに伝える努力をしています。同じ野球をプレーしながら、日本のプロ野球とは違った感動がとてもおもしろい。
ドジャースの歴史を体感
しばらくすると、再びストレッチャーが訪れて来ました。やはり男性が横たわっており、今度は人工呼吸器が取り付けれています。さきほどと同様にギャラリーに入り、ゆっくりと移動して出て来ました。
何か特別な措置なら、他の観客の皆さんは驚くはずですが、そんな様子はありません。野球観戦の楽しさを肌で感じたいと思うのはみんな同じ。体が不自由でも、スタジアムを回って球場内の名所見学できる体制を整えているのではないかと受け止めました。
球場のスタッフに確認したわけではありません。全くの勘違いかもしれません。でも、障害の有無にかかわらず、街を歩き、買い物を楽しむのが米国の社会常識。野球観戦もスタジアムには車椅子を利用するファン専用のスペースが設けられています。
ストレッチャーに横たわっているファンもたとえ一球、一球のプレーを観戦できなくても、球場の雰囲気を肌で感じ、野球を楽しみたい。そんな野球に対する姿勢に対応しているなら、とても素晴らしい。
差別や障害を超えて魅了する野球
米国はトランプ大統領の再登場を契機に社会の分断が際立っています。貧富の格差、人権や性、人種に対する差別が米国社会の歪みを拡大しています。差別や暴力は批判されなければいけませんし、それが噴出するのも社会の本音。
しかし、建前と本音の違いを承知しながらも、表の顔は社会の平等性をみんなで守ろうという姿勢は貫きます。それは心身に障害があっても、全ての人と同じ扱いを享受する権利があり、それを提供する努力を続けます。「内実を知っているのか」という声が聞こえそうですが、なんとか自由と平等をうたう米国を守ろうとしている人が存在するのも事実です。
もし、ドジャース・スタジアムがストレッチャー上からでも野球を体感、観戦する体制を整えているとしたら、素晴らしいの一言に尽きます。人種や性の違い、あるいは心身の障害があっても野球はみんなで楽しむものだ。これを守っているからこそ、多くの人を魅了しているのです。野球って良いなあと改めて痛感しました。