南太平洋15「新しい枠組み」③「かつての勇士」とどう向き合う

 映画「Once Were Warriors」を見たことがありますか。1994年に公開されたニュージーランドの映画です。先住民のマオリの家族に焦点を当てているのですが、貧困、泥酔、暴力が繰り返されるシーンが続きます。マオリ出身のアラン・ダフが描いた小説をもとに映画化されました。小説はマオリ出身の若者が失業に苦しみ、アルコールに溺れ、犯罪にも手を出す厳しいニュージーランドのマオリの現実を炙り出したとされ、ベストセラーになりましたが、多くのマオリの人々からは極端に描き過ぎだとの批判も出ていました。映画のタイトルは「Once we were worrieors」(かつて我々は勇士だった)に持っていた誇りを失ってしまったのかという疑問と悔悟の投げかけを意味しているようです。

貧困、アル中、怠惰はステレオタイプ

 公開当初、オーストラリアで映画を見ました。複雑な思いを覚えました。取材を通じて多くのマオリに会っていますが、自身の歴史と文化に誇りを持ち、いわゆる真面(まとも)な人ばかりです。なかには酔えばめちゃくちゃする人もいるかもしれませんが、それは日本人、欧米人など人種と無関係です。自分自身を鏡に見れば、非難などできません。失業率の高さや教育格差などで大きなハンディキャップを負っていたのは事実です。現代の米国でも解決できない深刻な問題ですが、人種・民族からステレオタイプで判断して良いわけがありません。

 ニュージーランド北島のワンガヌイという都市である事件を取材したことがあります。マオリのグループが公園を不法占拠して”自治地域”だと主張し、長期間滞在していました。公園を無理やり占拠してテントを張って生活をしているわけですから、暴力的なグループだと揶揄する声も聞きました。しかし、実際には彼らはマオリの掟に従って自分たちの生活、行動を律し、日本人の素朴な質問に腹も立てずにていねいに答えてくれる人々でした。

 もちろん、生活は厳しい。ただ、彼らは「マオリにお金をもっと支給しろ」と主張するために公園を占拠したわけではない。日本人に誤って伝えて欲しくないと繰り返します。先住民マオリが統治していたニュージーランドを不法に占領した英国人こそ反省すべきだと重ねて強調します。彼らは1ヶ月後、警察に排除されました。

 南太平洋の島々を回ると、数千年に及ぶ歴史と文化を体感します。ポリネシア、ミクロネシア、マイクロネシアの3地域に分けられますが、カヌーに乗って太陽と星座などを頼りに1000キロ単位の航海に挑み、実際は一つの文化圏を形成していたのです。カヌーによる移動はとても頻繁で、今でいう光ファーバーを使った情報網に例えられるほど島々との行き来や情報が交換されていたそうです。地球儀に鳥瞰すると、南北に長い日本列島の大きさなどはすぐ隣の島といった距離感です。時間軸、距離感が私たち日本人と全く違っています。

 しかし、欧米や日本などによる植民地支配・統治によって先住民の人々は支配者と被支配者のヒラルキーに落とし込まれます。映画に描かれたマオリだけではありません。オーストラリアの先住民アボリジニも同様です。アボリジニは酷暑の砂漠で生き抜くために日中は木陰に止まり、無駄なエネルギーを浪費しない生活習慣です。占領した英国人には怠惰に生きているとしか映らなかったようです。もともとアルコールに弱い体質であることも災いしました。お酒を飲むと泥酔してしまい、英語のやり取りがうまくいかないと腕力をつい使ってしまう場面も増えます。キリスト教の信仰を強要したことも加わり、自らの歴史と文化を低級なものとして捨て去ることも促しました。

日本は先住民としっかりと向き合っているのか

 南太平洋の「新しい枠組み」が浮上した時、すぐに思い浮かんだのが映画「Once Were Warriors」でした。ロシアによるウクライナ侵攻が投射された中国による台湾侵攻の可能性、南シナ海の権益拡大、太平洋島嶼国への接近加速などを踏まえて、米国、オーストラリア、日本、欧州各国は太平洋地域との外交関係、権益の再構築に動き始めています。

 しかし、南太平洋の先住民の人々に対する考え方・姿勢は変わっているのでしょうか。映画で演技する俳優の姿を「現実」と受け止め、これまで通りに貧困に苦しみ、怠惰な生活を送りながらもアルコールで苦しさを忘れていると勘違いしてないでしょうか。

 日本は例外ですか。北海道を中心に住んでいたアイヌの人々に対する支配、そして文化などに対する侵害・差別をしっかりと見つめていますか。オーストラリアやニュージーランドは先住民に対する支配について謝罪を明確に示すとともに、諸権利の見直し、言語や文化の復活に努力しています。ニュージーランドはマオリ語を公用語に指定しています。マオリの文化といえばラグビーのテストマッチで演じられる「ハカ」を思い出すぐらいならとても残念です。北海道の先住民アイヌの歴史と文化にしっかりと向き合えない日本が中国に対抗できる太平洋の「新しい枠組み」を果たして構築できるのでしょうか。

マオリの人が舌を出す意味を知っていますか

 冒頭に掲げたマオリの彫刻をご覧ください。大きな舌を出しています。「舌を出す」は威嚇、歓迎のいずれの時にも使うそうですが、現地で「ほら、何も持っていないよ」という意味と説明されたことがあります。学術的に正確どうか自信ありませんが、威嚇の際は「ほら、何も持っていないからかかってこい」、歓迎の際は「何持っていないから、安心してください」ということらしいです。日本は南太平洋の人々にどんな意味を込めて「舌を出す」のか。とにかく絶対に避けて欲しいのは、勘違いして南太平洋へ舌を出して欲しくないことです。

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