NY市長と秋田県知事 分断と格差が託す「新しい自治」権威と世襲を崩す

 ニューヨーク市長と秋田県知事。奇妙な並びと思いますか。政治、経済の両面から全くかけ離れているのは事実ですし、世間の注目度も全く違います。でも、直近の選挙で新しい首長が誕生した背景は同じではないでしょうか。生活苦、分断、孤立、格差・・・。言葉で言い尽くせない閉塞感が政治経済を支配していた岩盤である権威と世襲を打ち崩したのです。目の前の惨状を変革する第一歩となるのでしょうか。試行錯誤があったとしても、未来を創る力となるはずです。

未来を創る力

 米国最大の都市、ニューヨークの市長選挙は11月4日、投開票され、民主党候補ゾーラン・マムダニ氏(34)が当選しました。選挙前から当選確実視されていた人物ですが、全く異色の人物です。ニューヨーク市長として過去100年以上を振り返っても最も若く、しかもインド系イスラム教徒。自らを民主社会主義者と呼ぶ人物が、世界の資本主義の首都ともいえるニューヨークの市長に就任するのです。「歴史的」という表現が相応しいな選挙結果でした。

マムダニ市長の得票率は50・3%。対抗馬の全米に知られた有力政治家でニューヨーク州知事も務めたアンドリュー・クオモ氏は得票率41・6%。10ポイント近く差をつけての勝利ですから、支持層は広く盤石です。

 民主社会主義者と自称するだけあって政策は過激。保育とバスは無料化し、住宅賃料も据え置き。市が運営する食料品店を試験的に開始して価格引き下げに挑むなど低所得者層が安心して生活できる政策に重点を置きます。財源はニューヨーク市に住む富裕層や企業から徴収します。

 経済効果は評価できるのでしょうか。日々の子育てに追われる母親が保育などの費用と世話から解放されれば、女性の労働参加率は拡大。新たな経済価値が生まれるとの試算もあり、低所得者層の自立を促す経済基盤が生まれるかもしれません。トランプ大統領が共産主義者と罵倒しますが、かつて共産主義を標榜したロシアや中国が日米よりも貧富の差が拡大している現実をみれば、マムダニ新市長の民主社会主義は挑戦に値する政策です。

 マムダニ氏は勝利演説で「みなさん、私たちが世襲政治を倒した」と宣言しました。対抗馬のクオモ氏が父親もニューヨーク州知事を務めるなど政治家一族だったことも念頭にありますが、政治家や富裕層が自分たちの利権死守に翻弄した過去と反省を踏まえ、有権者自ら変革に挑み、自治を新たに構築する覚悟を求めました。当然、その視線の先にはニューヨーク市のみならず全米に広がる人種や富裕層と低所得者層の経済格差による分断と対立があります。

地域経済が閉塞する秋田県

 マムダニ市長誕生を見ていたら、なぜか20225年3月に当選した秋田県の鈴木健太知事とダブってしまいました。もちろん、政治哲学、政策は異なりますが、鈴木知事を誕生させた現況が似ているからです。

 鈴木氏は1975年、大阪市で生まれた50歳。京大法卒後、陸上自衛隊に入りPKO活動などを経験。2006年に妻の実家の秋田市に移住し、図書館の司書資格を取得して就職。2015年に県議に当選、2021年の知事選は見送りましたが、2025年は出馬しました。

 秋田市に移住してからまだ19年。地方はどこもそうですが、郷土愛が強い秋田県でも「外人」扱い。

 しかし、秋田県の地域経済はどん底にありました。かつては銅や石油など資源に恵まれ、米作など豊かな農業にも支えられる全国有数の豊かな県でしたが、20205年の県民所得ランキングは30位まで落ち込んでいます。地元に職がないため、人口流出は加速しており、人口減少率は全国1位。100万人を割り込んだ2017年からの7年間で12万人が減少し、88万人に。都道府県別の自殺率は最近まで1位で、直近でも5位。秋田県に希望を見出せず、自身の将来を託す若者が減っています。

 にもかかわらず、秋田県政は旧態依然。江戸時代の藩主だった佐竹家の流れを汲む佐竹敬久知事(77)が4期16年務めていました。旧藩主といえば地方政治がまとまる時代はとうに終わっています。佐竹知事は急落する秋田県の地域経済を建て直すどころか、災害時に他県でゴルフを興じたり、愛媛県の特産品じゃこ天を「貧乏くさい」などと酷評して批判を浴びたり。外野席から眺めていて、秋田県人がなぜ佐竹知事の4選を許すのか不思議でした。

日本のどこでも起こっている

 佐竹知事は退任後、インタビューで次のように答えています。人口減に結果を出せなかった自身の県政について「オールジャパンの根深い問題だ。単に人口の奪い合いでは日本のパワーは上がらない。人口が減ること以上に年齢バランスが崩れると社会がいびつになる。バランスのレベルをどこにもっていくかが大きな課題だ」と弁解しますが、日本全体に責任を押し付けるなら県知事は不要です。

 民主社会主義者を自称するニューヨーク市長の誕生を米国の分断の象徴と対岸の火事のように眺めている場合ではありません。日本でも過去の歴史を繰り返すだけで改革を避ける地方自治は地域経済を根っこから腐らしています。マムダニ市長は、「我々の問題は日本人の問題でもある」と諭すのではないでしょうか。

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