野菜栽培を経験して地球とSDGsを感じる。

会員制農園 ③畑は、SDGsとお受験の修練場 農作物を育てるだけじゃない。

会員制農園を申し込む動機はさまざまです。「毎日、口にする野菜をもっとおいしい食べるために朝獲れが欲しい」「自分の手で育て上げ、栽培の過程も含めて野菜の味を満喫する」「野菜が好きじゃない家族に野菜のおいしさを教えたい」などなど。いずれも「食べる」という世界を広げるきっかけがほとんどと思い込んでいました。

ところが、野菜を食べることだけではないのです。びっくりしました。まずSDGs。これは何かという説明は不要と思います。野菜の栽培を通じて地球環境を考え、環境を守るためにどのようなことが大事なのか、考え方を学ぼうということのようです。毎日、食べる野菜はスーパーや八百屋さんの店頭に行けば、当たり前のように並んでいます。でも、店頭に並ぶまでの過程を体験することで、私たちの食生活がいかに地球の自然と深く関わり合い、助けられているのか。もし地球環境を傷つけたら、巡り巡って目の前に並ぶ野菜が、サラダが食べられなくなる。畑の土に触り、タネを播いて成長を見守りながら実感しようということのようです。

有機野菜、無農薬などの栽培についても考える

例えば農薬の扱い。有機野菜や無農薬といった言葉がよく話題になります。農林水産省は決めたJAS規格に適合するかどうかが決め手です。しかし、実際に農作物を育てると、虫や病気が寄ってきます。病虫害は避けられません。指導を受けている農家さんは農薬の勉強をしっかり積んでおり、農園を開始する3月に農薬の扱いについて説明します。私たち農業初心者が楽しく作業を持続するためには、確実に農作物を収穫することが必要です。トマトの見かけは多少悪くても、きれいな赤色に熟しおいしく食べられれば幸せです。そのためには病虫害を最低限に抑える努力が欠かせません。少量の農薬を使って病虫害を抑制する一方、食の安全・安心とおいしい!を両立させる。この難しい問いかけに対し、農家さんは豊富な経験と知識をもとに答えを差し出してくれます。

ミミズが多い畑は良い土壌の証

土に触るのも大事です。子供の頃、爪先に土を残して帰ると不潔だからきれいに洗いなさいと躾けられます。土は遊びで触ってもきれいに洗い流すのが習慣になっています。しかし、土は地球の一部です。かつて干拓地の取材で農地改良担当者と話していたら、農地の良さはミミズがたくさんいるかどうかでわかると説明してくれました。指導してもらっている農家のお子さんと一緒に芋掘りをしていたら、ミミズを何匹も手で掴み、遊んでいるのを見て「さすが農家の子供」と感動しました。「ミミズは気持ち悪い」なんて言ったら、ちょっとがっかりしたでしょう。農地はミミズだけでなくたくさんの微生物が住み、作物の成長を助けてくれます。それが黒い土となって私たちの手で感じる価値はとても大きいです。

農業体験が有名私立校の受験で大きなポイントに?

農作業を通じて地球との向き合い方を考えるSDGsについて理解を深めることができます。予想外だったのは、その延長線上に現れた「お受験」でした。北海道・東北で育ったので東京や大阪など大都市の教育事情はよく理解できませんが、小学校から厳しい受験勉強と勝ち抜き競争が待ち構えているようです。最近は有名私立学校への進学はかなり難関になっているそうです。学校側も知識習得に偏った試験と批判されるのを恐れてなのか、最近は実体験を含めた人格形成・成長も重要視しているみたいです。

試験する先生の琴線に触れる評価ポイントが農業体験になっているらしいのです。会員制農園に参加して1年間を通じて野菜作りに励む経験が、ひたすら勉強に打ち込んでいる受験競争のなかで頭抜けた評価点を得られるのでしょう。ですから、あそこの会員制農園で農業体験したら有名小学校に合格したとの情報が駆け巡ると、当該の会員制農園は受験前の子供を連れた家族の入会が増えるようです。実際、私が参加している会員制農園でもスタート当初は年齢層の高い会員が多数でしたが、最近は家族連れが多数派に変わっています。

受験に熱心なあまり、収穫への興味が薄れてしまう時も

気になるのは、親御さんは農業体験を通じて子供の人格形成に努めることに熱中するあまり、農作物そのものにあまり興味を持っていない場合があることです。春や秋に種を播いて株分けや枝の切り落としなど手入れを繰り返し、数ヶ月後にはりっぱな野菜が実ります。何年も続けていると、「今年の実はうまそうだ」とか「天候に合わず、味が落ちているかも」などと見た目で分かった気がしてきます。今年は蕪(かぶ)が例年以上においしいかった。

ところが、残念なことに見事に実っているのに収穫されずに葉が枯れ、表面が傷んでしまっている区画を見かける時があります。お子さんとご両親があれだけ一生懸命に作業したのに・・・。「もったいないの」の一言だけが浮かぶます。前回も書きましたが、野菜の収穫時期は、一気に訪れます。ナスを例にみても、大量のナスを一度に収穫すると毎日ナスを調理して食べるような勢いが必要です。しかも、毎日同じ料理を食べるわけにはいかないでしょうから、調理法も勉強する必要もありますし、家族のだれかが「毎日ナス料理なの」と不満を漏らすこともあるでしょう。

諸々の事情を考えたら、「お受験」の目的である農業体験を一通り終えた段階で、会員制農園の役割もほぼ終えたと割り切ってしまう人がいても不思議ではありません。しかし、実った野菜がそのまま朽ちてしまったら、野菜を育てた土壌、肥料、人間の努力、空から降り注ぐ太陽光や雨などの恩恵、言い換えれば地球からの恩恵が無駄になってしまいます。SDGsそのものが雲散霧消してしまいますし、一番大事な子供の考え方にも影響を与えます。「地球、SDGs」と「受験」を天秤にかけて「受験」の方が重いと理解してしまったら、本末転倒になってしまいます。

会員制農園を長く続けていると、素朴に野菜を栽培していたつもりが、現代の日本の教育事情の根っこを知る結果になってしまいました。もっとも、大人の世界でもSDGsと唱えていれば、「なんでもOK」と済んでしまう空気が広く漂っています。野菜はいろんなことを教えてくれます。

 

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