品種改良・生産技術は進化しても稼げる農業が見えない(会員制農園11

  野菜を育てる区画にニンジンの種を巻いた後を見て、ちょっと驚きました。大雨など嵐が続いたせいか、区画の一部土壌が流れていました。多くの種は発芽してニンジン特有の細い櫛のような葉を伸ばしていますが、土が流れた箇所は発芽していません。年末に迎えるニンジンの収穫はちょっと期待薄ですね。野菜栽培は自然が相手。「仕方がない」と諦められるのも、趣味でやっているから。農業経営の視点で考えたら「仕方がない」では済まないでしょう。

稲作農家は「利益が出ない」が口癖に

 親戚の稲作農家を訪ねた時でした。地域でも耕作地を経営していますが、「とにかく利益が出ない」を繰り返します。後継者が少なく、休田する代わりにと頼まれ耕作地は増えているのですが、経営の先行きに明るさが見えないそうです。

 ある大学教授の講座を受けた時も同じフレーズを聴きました。「日本の農業の将来を考えたら、なんとか稼げるようにしないいけない」。講座は市立図書館が開催し、テーマは食糧危機と日本農業の将来について。大きなテーマですが、要点を押さえながら世界の農産物の需給、品種改良など栽培技術の進歩についてわかりやすく教えていただきました。

 世界の人口は75億人を突破し、100億人に迫る勢いですが、農業生産も技術進歩に合わせて向上しています。しかし、地球温暖化による気候変動で干ばつや大雨、スーパー台風の頻発などで世界各地の農業は危機に直面する現状をグラフと写真で詳しく説明します。稲などの遺伝子情報の解析が進み、干ばつに強い作物や収穫増を実現する品種改良が進んでおり、将来に望みはあります。手をこまねいているわけではありません。果敢に取り組む現況を知って、ホッとしました。

栽培や品種改良の技術は進歩

 残念だったのは、最も心細いのが日本の農業政策だったこと。白飯以外の食の多様化が進んでいるにもかかわらず、稲作に偏重していたツケに苦しみ、稲作農家は疲弊しています。パンやうどん、ラーメンなどの需要が増えているといっても、小麦など他の作物栽培が伸びてきません。小麦などの栽培や品種改良の成果を受けて農家のみなさんも増産や需要開拓に挑戦しています。ドローンや情報技術を活用して栽培の効率化を高めるスマート農業も大学など産学官で取り組んでいます。それでも需給の変化に追いついていけないのです。

日本の食料自給率は下がり続けています

 日本の農業を取り巻く環境は厳しさを増しています。食料自給率は生産ベースでもカロリーベースでも1965年以降、下がり続けています。米はダブついているのですが、需要が伸びている大豆や小麦の生産が低いまま。東日本大震災の影響で福島県など東北地域の生産力も低下しています。当然、海外農産物の輸入が増えているわけですが、中国が爆買いしている煽りを受けて輸入価格は上昇。ロシアによるウクライナ侵攻後は急速な円安も加わって、とても収益を期待できる状況にならない。

 「品種改良などで単位面積当たりの収益を上げる研究している立場からみると、稼げない農家さんをどうするのかが長年の課題」と大学教授さんは吐露します。欧米アジアも同じかと言えばそうではありません。ばらつきはありますが、先進国で自給率が50%以下で浮上できないのは日本とスイスぐらいです。

 「世界を見ながら農業をしている。競争は歓迎だ」。10年ほど前、北海道十勝地方のある有力農協を訪ねた時、組合長は言い切りました。十勝はEUを凌ぐ経営力を持つ農家が多く、この農協は海外輸出も積極的です。生産した長芋や大豆は機械化された工場で洗浄、選別されて出荷されます。冒頭の写真は工場内を天井近くから見た風景です。作業をする人と機械の動きを見ていたら、無駄を徹底的に排除した自動車メーカーの組み立て風景を思い出しました。国内外の有力農家さんをいくつも取材した経験がありますが、日本の農家経営が欧米と伍していけるかもしれないと希望を感じた瞬間でした。

十勝の農協は世界との競争に挑む

 「日本の農業政策は変わらなければいけない」。2009年、当時の石破茂農相は大胆な改革を打ち出し、論議を巻き起こしました。あれから10年以上が過ぎました。農水省はカーボンニュートラルの実現を念頭に情報技術を駆使したイノベーション戦略として2020年、2040年を想定した農業の近未来を描き直しましたが、現状はどう変わっているのでしょうか。あと5年後、「やはり農業は趣味でやるのが一番」と苦笑する日本ではないことを願っています。

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