産地偽装 食のプロなら、みんな知っている不都合な真実

う〜ん、プロならみんな知っていたのじゃないかな。産地偽装。だって、私は40年近く前から取材して記事にしていました。それも何度も。食に関する妙なブランドの強さ、弱さが取引価格の高い低いに大きな影響をもたらします。それが産地に対する信仰を生み出します。産地偽装の根っこは思ったよりも深く広いのです。

熊本産あさりの大半は海外からの輸入

熊本県の蒲島郁夫知事は2月2日、熊本県産のあさりのすべてを出荷停止すると宣言しました。期間は2ヶ月間程度になるようです。農林水産省も熊本産あさりの販売量は2400トンを上回っていると推定しています。2020年の漁獲量は20トン程度ですから、自称熊本産あさりは実際の漁獲量よりも100倍以上も世の中に出回っていました。

手口は単純です。国の食品表示の基準によると、水産物を2カ所以上で育てた場合、育てた期間が長い地域を原産地と表示できる方式になっています。海外から輸入しても、熊本県の海岸で長期間育成すれば「熊本産」と表示して販売できるルールです。消費者の目から見れば、どこで育ているかを実際に目にすることは事実上不可能ですから、水産業者やスーパー、魚屋さんを信頼して原産地表示を確認して購入するしかありません。

熊本県産あさりを扱う水産業者は消費者のの信頼を裏切る形で中国産などを一度、熊本県の海岸で育てたことにして販売していたわけです。農林水産省の調査によると、熊本県産と表示されたあさりのほとんどは海外からの輸入で、8割ほども熊本県を通らずに販売していたそうです。せめて熊本県の海に一度でも触れさせたらと思うほど安易な手口です。

素人でも偽装とわかる手口です。地元で生産したあさりの漁獲量と市場などに出回っている販売量があまりにも大きくかけ離れているうえ、輸入から販売まで隠密に書類手続きができるわけがありません。あさりが輸入から卸、小売までに流通する間、経由する水産業者は多く、彼ら専門家はすぐに気づきますし、わからないわけがありません。仮に輸入したあさりを実際に熊本県の海岸で育てるとしても、生育用に貸し出す適正な海岸は限られているわけですから、地元の水産関係者はスーパーなどで出回るあさりを見ただけで「こんなにあるはずがない」と呆れた経験を覚えているはずです。

産地偽装の背景にはブランド信仰

なぜ、簡単なカラクリである産地偽装が続いていたのか。それは産地によるブランド信仰が背景にあります。

わかりやすい例を「甘エビ」で説明します。もう40年前、北陸の金沢で食品流通を取材して連載企画したことがあります。取り上げたテーマのひとつに産地名のすり替えです。冬の北陸はおいしい名産品にあふれています。甘エビ、ぶり、ずわいがに、などなど。そのひとつ甘エビは金沢を代表する冬の味として全国で知られていました。甘エビの正式名称「ホッコクアカエビ」は北太平洋で漁獲できるのですが、とりわけ日本海側のエビはうまく、その中でも金沢の「甘エビ」は当時、ブランドとなっていました。金沢で水揚げされる甘エビは地元消費だけでなく、築地市場などに出荷されます。ところが、実際の漁獲量と流通量が食い違いが起こります。しかも、北陸産は価格が高いのですが、北陸あるいは金沢の甘エビという名称で割安に店頭に並ぶことが全国各地で時々発生します。

取材していくと、冬期間、北海道から石川県小松空港に輸送される水産物が急増することがわかりました。中身の多くは「甘エビ」です。ホッコクアカエビは北海道でも漁獲できるのですが、北海道で水揚げしたエビを築地に輸送しても価格が高くならない。そこで一度小松空港へ空輸して、北陸の「甘エビ」として再度箱詰めして築地に輸送すると値段が格段に上がることがわかりました。同じエビでも北海道という名前で売られるよりも、北陸、金沢というブランドが添付されると割高になるのですから、札幌ー小松ー築地と遠回りして輸送コストが重なっても利益が出る仕組みが背景にあったのです。今では北海道ブランドがとても高い評価を得ているので、もうこんな遠回りの産地巡りは解消されていると思います。

「北海道の甘エビ」が小松空港を経由して「北陸の甘エビ」に

しかし、これは一事に過ぎません。広島県産の牡蠣では熊本県産あさりと同様な産地偽装があったようです。瀬戸内海が赤潮などの水質汚濁で牡蠣の生育がよくない時期がありました。漁獲量は落ちますが、広島県産牡蠣は広島の名産品ですから需要は変わりません。地元の漁獲量が減っているにもかかわらず、流通量は減りません。ある水産業者が明かしてくれました。「北朝鮮や中国などから牡蠣を調達して一度、九州で生育する。その牡蠣を広島へ持ってくると広島県産に名前が変わる」。その業者さんによると、広島の牡蠣は正式な市場を経由しないで流通する比率が高く、外国産の牡蠣が広島産と称して販売されても流通量、販売額はわからず、取り締まりもできないと嘆いていました。

こうした産地を経由して有名ブランド産品として流通することは驚くことではありません。もっとも身近な例は「下関のふぐ」かもしれません。下関の南風泊市場は全国から天然ふぐが集まり、取り扱い量は8割に及ぶといわれています。なぜ集中するのかと言えば、「下関のふぐ」のブランド名が欲しいからです。ふぐを売り物にした居酒屋に入れば、「下関のふぐ」の札をよく目にします。ふぐといえば下関、下関では「ふく」と呼ばれるなどといった豆知識を披露しながら「下関」を食べると美味しさと幸福感を覚えるのでしょう。

産地ブランドは重要なマーケティング

確かに産地の名前を冠したブランドは味を選ぶ頼りにはなります。だから〇〇のサバ、アジなどがあちこちに増えていますし、北海道の厚岸町のように「牡蠣」「毛ガニ」などブランドとして広め、いわゆる付加価値を高めるマーケティングに努力している漁協が現れています。和牛ブランドも全国あちこちにあります。日本産か海外産かで食の安全を選ぶ消費者も増えています。逆に高級ブランドにあぐらをかき、消費者や流通業者からの信頼を失う産地も出てきています。

食生活は自らの健康を守るため、食品を選ぶ際にどうしても保守的でありがちです。産地の評価、ブランドはその安全を計る頼りになるのは間違いありません。しかし、その信頼を裏切る行為を続けていれば、産地はかならず落ちぶれます。信用を回復するためにはとてつもない時間が必要です。

10代のころ、付き合う女性からお金ももらってパチンコで散財していた知人を思い出します。いかに女性に持てるかを自慢している彼の部屋の壁に自らの戒めとして白い紙切れに手書きで教訓を貼っていました。「信用は1日にしてならず、失うは一瞬」。産地偽装の取材をしている時、あの壁の紙切れがよく頭によみがえったものでした。

関連記事一覧

PAGE TOP