日本から発信するイタリア料理を考えてみました(2)
最後に、デザートのサステナビリティを見てみよう。FAROのデザートを担当するのは加藤峰子シェフパティシエ。フランスのもうひとつの有名グルメガイド『ゴ・エ・ミヨ2022』(22年3月刊)で「ベストパティシエ賞」を受賞した。
ふたつのデザートのうちのひとつは、「ミルクからあふれる赤い果実のかおり」。皿の上からは苺の赤い果実は一切見えず、一見すると白づくし。泡だてたミルクを乾燥させたもの、苺のエッセンスが入ったジェラート、スポンジケーキ、パンナコッタ、濃厚クリーム、ミルクがけの苺。「苺のショートケーキ」を再構築したデザートである。
「ミルクからあふれる赤い果実のかおり」
ミルクは、日本よりイタリアの居住年数のほうが長い加藤さんがみずから訪ねて感激したという「なかほら牧場」(岩手県岩泉町)のもの。平らな牧草地でなく、起伏のある山地に放牧する「山地酪農」の牧場のひとつだ。一年を通して山で暮らす牛は、在来野草である「野シバ」や枯葉などを食べる。その点がサステナブルといえる。
「日本の里山の恵 花のタルト」
もうひとつのデザートは、加藤さんのいまや看板メニューである「日本の里山の恵(めぐみ) 花のタルト」。米粉のタルト生地に、オレンジとレモンの果汁を加えた豆乳クリームを入れ、メイプルシロップで味つけした。上には、えぐみのない約20種のエディブル(食用)フラワーとハーブがのる。
加藤さんはミラノの大学を卒業後、2年間一般職に就いたあと、食の世界に入った。イタリアの名だたるミシュラン星つき店でペストリーシェフとして働いたが、「エルボリステリア(薬草専門店)でラベンダーやバラ、スミレなどを使ったパウンドケーキをつくっていたこともあります」。ハーブや薬草の知識をいまに生かしている。能田シェフから中世の薬草の本を渡され、勉強を促されたこともある。「花のタルトは、イタリアの食後酒アマーロのように、デザートが消化を助けるようにと考えています。だから、大和当帰やよもぎといった薬草もハーブのなかに入れているんです」
日本の薬草や発酵文化だけでなく、自然とともに生きる日本の本来のあり方をイタリア料理にとり入れる。そこには、日本人が忘れてしまった自国の食文化を再評価しようとするシェフやパティシエの思いが感じられる。
「銀座の地から何を発信するのかと考えたときに、その答えが『Made in Japan』でした」と能田シェフはいう。それは料理の食材だけでなく、皿やカトラリーにいたるまで徹底している。イタリア居住歴が20年以上の能田シェフや加藤シェフパティシエだからこそ、日本の良さがクローズアップして見え、それを発信しながら、失われつつある伝統を守りたいという思いにかられるのだろう。
「もうちょっと自分たちの価値に気づいてほしい」。加藤さんのこの力強い率直な言葉が、日本から発信するイタリア料理の根底にある。
中村 浩子
イタリア食文化文筆・翻訳家。東京外国語大学イタリア語学科卒。イタリアの新聞社『ラ・レプブリカ』極東支局長助手をへて、文筆・翻訳へ。著書に『イタリア薬膳ごはん』(共著)『「イタリア郷土料理」美味紀行』、訳書に『イタリア料理大全 厨房の学とよい食の術』(共訳)『スローフード・バイブル』。国際薬膳師の資格と茶道表千家の上級免状をもつ。