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日本から発信するイタリア料理(3) 日本の和素材によるイタリア郷土・地方料理

 平木さんは、イタリアの北から南まで規模の大小にかかわらず、さまざまな飲食店で働いたなかでも心に残ったのは北西部リグーリア州でのふたつのトラットリア(庶民的な飲食店)。海も山もあるサヴォナの店では、卵をもらい受けたり、生きた鴨を絞めたり。もうひとつの店では、おばあさんがアニョロッティ(詰め物パスタ)をつくったり、仔羊のいろいろな部位をパン粉揚げにしたり。そうした経験から、ラグジュアリーリゾートを展開するホテル、しかも東京という世界的グルメ都市ホテルでありながら「家族的で温かく、親しみやすい」(平木さん)雰囲気のにしようと心がけている。

 それでは、「アルヴァ」での日本の和素材の使い方を具体的に見ていこう。

「ニシンと山菜のヴァリアツィオーニ」は、ニシンを3種類の調理法で味わう

 前菜は「ニシンと山菜のヴァリアツィオーニ(バリエーション)」。ニシンをオリーブオイル漬け、酢漬け、燻製という3種類の調理法で仕立てたもの。山菜はウド、ウルイ、フキで、フキは古代ローマ時代から味つけとしてある甘酢味にしたイタリアでもニシンは食べられ、平木さんが滞在した北イタリアでも春になると野草を摘んで料理に使うことから、「日本の春をイタリア料理で表現した」一皿だ

 パスタは「北海道産オーガニック全粒粉のスパゲッティ アッラ・キタッラ 蝦夷鹿のラグーとアイヌネギ」。アイヌネギとは行者ニンニクのこと。「実は、北イタリアにも行者ニンニクと似たような食材があります。日本の食材をまずイタリアの食材なら何だろうと置き換えて考え、イタリアの郷土料理として組み立てる。自分にできるやり方はこれしかないし、それが新しい挑戦になると思っています」と平木さんはいう。ギターという意味の「キタッラ」は、木枠にギターの弦のように張られた細い針金にパスタ生地を押しつけてつくる。

「北海道産オーガニック全粒粉のスパゲッティ アッラ・キタッラ 蝦夷鹿のラグーとアイヌネギ」

 平木さんはイタリア滞在歴が長かったため、日本の食材の知識が十分ではないという自覚があるのかもしれない休日になると、食材の生産者のところまで足を運ぶ蝦夷鹿については、北海道白糠町の蝦夷鹿肉解体・加工業者と猟師を訪ねた。「鹿の狩猟には罠と猟という二つのやり方があってこちらの猟師さんは猟で一発で仕留めて、鹿にストレスを与えないんです。四国には、罠で獲ってから獲物に目隠しをし、背負って運ぶことで恐怖によるストレスを軽減する猟師さんもいるそうです」。平木さんは食材とともに仕入れてきた情報を生き生きと語る。現地を訪ね、背景を知ることによって育まれる食材への愛情が料理と店の温かい囲気につながっていく

和素材でイタリア料理を楽しめる幸運を楽しみたい

 では、こうした日本の食材でイタリア料理をつくるときにいちばん大事ことは何なのだろうか。

 「ブルガリ イル・リストランテ」のファンティン・エグゼクティブシェフは、「味(グスト)」と即答した。「グスト」とは風味も含めた味を指す。他サイトでのインタビューで、ファンティン・シェフはローマのミシュラン三ツ星店ラ・ペルゴラ」のハインツ・ベック・シェフので働いていたとき、ベック・シェフから「お前はシェフのために作っているのか、お客様のために作っているのか」といつも言われていたと明かしている。シェフのために作ろうとするなら、知識や技術をひけらかしたくなる。だが、お客様のためにはまず「美味しい」ということを押さえなければいけない、と。

 対して「アルヴァ」料理長の平木さんは食材の味とその背景イタリア時代の記憶の融合」という。「記憶とは、イタリアで食べていたときの味や風味、食感、風景、思い出です。その記憶をたどながら、日本の食材をイタリア料理としてどう昇華できるのかと考えす」

 銀座「FARO」も「ブルガリ イル・リストランテ」も「アルヴァ」も、それぞれ資生堂、ブルガリ、アマンリゾーツという大資本があってこその店である。家庭でも自店の料理を楽しめるよう、テイクアウトや配送向けの「おうちランテホンダ」を創り、常連客に支えられながら辛いコロナ禍をのりきってきた「リストランテホンダ」など、一段と強靱になったオーナーシェフたちの日本の和素材によるイタリア料理も見逃すことはできない。

 シェフたちの料理経験だけでなく人生の記憶や料理哲学の表れとして、日本の和素材によるイタリア郷土・地方料理。お客の国籍を問わず、コロナ後にそれが食べられることは、この時代に巡り合わせた幸せとしかいようがない。

 中村 浩子

イタリア食文化文筆・翻訳家。東京外国語大学イタリア語学科卒。イタリアの新聞社『ラ・レプブリカ』極東支局長助手をへて、文筆・翻訳へ。著書に『イタリア薬膳ごはん』(共著)『「イタリア郷土料理」美味紀行』、訳書に『イタリア料理大全 厨房の学とよい食の術』(共訳)『スローフード・バイブル』。国際薬膳師の資格と茶道表千家の上級免状をもつ。

 

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