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探偵はいつも「小太郎」に⑤ 「レッド・ガーランドが大好きよ。おしゃべりなビル・エバンスは嫌い」

 全焼したプリンス会館からすすきの会館の新しい店舗に移った「小太郎」には、ビクターのウッドコーンスピーカーが設置されていました。スピーカーを木製で仕上げ、音響がしなやかでやさしい。ギター、バイオリン、ピアノなど多くの楽器は木製。木製スピーカーこそ、プレーヤーが演奏する自然な音を再現性できる。日本で初めてステレオを発売したビクターらしいこだわりです。

新しいお店にウッドコーンスピーカー

 実は小さい頃、家にビクターのステレオがあり、ビートルズのレコードを聞いて育ちました。そんな個人的な事情もあってビクターがウッドコーンスピーカーを発売した時、高価でしたが思わず購入。札幌市で住んていた部屋で1日中、鳴らしていました。そのウッドコーンが小太郎にあったのです。

 偶然が続きます。ウッドコーンからレッド・ガーランドの「Gone Again」が流れてきたのです。ピアノとは思えない甘い音から始まるイントロダクション。鍵盤はまるで砂糖が溶けたような柔らかい響きを奏でます。

 レッド・ガーランドのタッチは独特です。指で押された鍵盤が元の位置に戻るまでの時間がなぜか目に見え、それが音で表現されます。その甘い響きにポール・チャンバースのベースが溶けた砂糖をゆっくりとかき混ぜ、甘い響きに深みを加えます。グイグイ。陰の主役はアート・テイラーのドラム。ぐるぐる回り始めた溶ける砂糖がどんどん滑らかになって、舌の代わりに耳の鼓膜をピクピク弾きます。

 高校生の頃から大好きな曲です。学校の帰りに立ち寄ったレコード店でジャズレコードのコーナーでいつものようにアルバムをパタパタと捲って見ていた時でした。煉瓦張りビルの壁に落書きした文字で「groovy」とありました。なぜか心に刺さり、お店の方にプレーヤーで聴かせてもらったら、一つ一つ鍵盤が動く様が目に見えました。「これ、買います」と言ったら、「若いのに渋いレコード買うのね」と訝る表情で言われました。どう受け止めて良いのか今でもわかりません。

レッド・ガーランドの出会いは高校生の時

 そんな昔話を伝えたら、小太郎の女将から「レッド・ガーランドは以前から大好きよ」と思いもかけない言葉が・・・。思わず「愛しているよ」と言いそうになりましたが、「ビル・エバンスはどう?」とたずねたら、「おしゃべりで好きじゃない」と返します。

 おう!、さすが「探偵はBARにいる」著者・東直己さんの妹だ! 多くのジャズファンが好きと言うビル・エバンスを「おしゃべり」と突き放す。なんて格好良いセリフ。

 好きな日本酒を飲みながら、好きなジャズピアニストを聴く。独りでお酒を飲む癖がある人間にとって、周囲のおしゃべりが騒がしく聞こえる時があります。でも、それはこちらの勝手。「おしゃべり」とは言えません。でも、女将が言うなら、助かります。確かにビル・エバンスは饒舌です。

 聴き手の勝手な思いをよそに、無表情に奏でるウッドコーンスピーカーは「Gone Again」の次の曲に移りました。タイトルは「Will You Be Still Mine?」今夜も酔っ払うなあ〜

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