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探偵はいつも「小太郎」に①札幌ディープ・ススキノのプリンス会館が恋しい

 「ディープ・ススキノ」と呼ぶ人もいました。札幌市の「プリンス会館」。ススキノは「大歓楽街」という表現が相応しい地区ですが、その魅力はなんといっても人間の欲望がギュッと凝縮された熱量。居酒屋、高級クラブ、風俗店が同じフロアに並び、高級クラブのママが帰りの客を見送る隣でエプロンを着たメイド姿の女の子が笑っていることも。この違和感がたまらない。そのススキノでも「ディープ」と名付けられる由縁は、飲み歩いた人間が最後に行き着く場所だったからです。残念ながら、2014年11月に火災にあい、消えてしまいましたが・・・。今でも恋しい思い出を綴ってみました。

2014年11月に火事に

 足繁く訪れたのは「小太郎」。プリンス会館のエントランスを抜けて2階へ。いかにも昭和の風情と臭いを撒き散らすトイレを左目で見て通り過ぎたら、すぐそこに。小太郎と書かれたのれんをくぐると、カウンターとテーブル席が見えます。カウンター越しから女将が独特のオーラを発して目で笑ってくれます。

 眼が切れ長の美しい人です。でも、それよりも切れ味が素晴らしいのが舌鋒。馴れなしいタメ口やわかったような言い草があると、カウンター越しからバッサリと切り掛かってきます。「女将に気を遣い、呼吸というか間合いを探るのって面倒」と思う人がいるかもしれませんが、会った瞬間から「女将と客」という関係よりは「人と人」の付き合いが始まると思ってください。これがススキノ、いえいえ北海道の居酒屋のルール。お客さんは大事にするけれど、媚びることはしない。「嫌だったら、店から出てって」。

 1人で入店しても寂しくありません。店内でワイワイやっている周りにちょっと孤独感を覚えたら、カウンターの上にある小さな水槽を覗いてください。思いがけない宇宙があります。まるで神様が地球上で煩悩にまみれた人間社会を眺めている気分を味わうかもしれません。

水槽の宇宙にうっとりする時も

 長方形の水槽には小石が敷き詰められ、海藻がプワプワと水中を漂っています。水槽のガラスには巻貝が吸い付いて苔を食べて動き回ります。何種類かの小魚が泳ぎ回っているのですが、そこで君臨するのはなんと磯蟹。ちっちゃな蟹ですが、本人は王様の気分。水槽に生える海藻を蟹挟みで切ってスカーフのように甲羅に貼り付け、小さな両眼の周りには小石や海藻の飾り付けも。まるで王冠かネックレスのよう。

 そして、小石や海藻の隙間を自分の領地を確認するかのように動き回り、近づいてくる小魚を威嚇することも。「会社の上司でこんな人いたなあ」と思うはず。蟹の立ち振る舞いを見ながらクスクス笑って飲む酒がたまらなく好きでした。

 お酒は日本酒がメイン。北海道にも銘酒が多いですが、女将が美味しいと思った日本酒を揃えるので、注文すると出てくるお酒はほとんど本州産。「北海道の日本酒はまだまだ修行が必要です」とバッサリ。同意です。もう一つ気に入っているのがプチトマトの突き出し。カウンターやテーブル席に小さなトマトが山積みに。お酒を飲みながらトマトを食べると舌の味蕾が生き返る感じです。味変ですね。元々、トマトが大好きですから、これが小太郎に通うきっかけにもなりました。

 お店は午前2時ごろまで開いています。ススキノを飲み歩いて、もう少し飲みたいという時、安心して迎えてくれるのが小太郎でした。でも、お店ではどうしようもなく酔っ払ったお客さんに出会ったことがありません。礼儀正しい、立派な酔客ばかりでした。お店を仕切る女将の腕前なのでしょう。

隣に東直己さんが・・

 「この人は死ぬまで飲み続けるんだろうなあ」と思ってしまう人もいます。その人はひたすら飲み続ける感じでした。ひげもじゃの風貌に丸っこい体型からちょっと愛嬌を感じます。時々、隣の席で並ぶことがありますが、お話しすることは稀。「この人、確実に俺より飲むむ。すごいなあ」と思っていたら、ある夜「東直己さんだあ」というポツリと漏らすお客さんの声が聞こえました。

 「東直己さん?探偵はBARにいるを書いた作家さん?」。驚きがダブルで重なり、アルコール漬けの脳から汗が出たのを覚えています。=づづく

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