最低賃金1000円超え 大企業と中小・零細の価格転嫁が進めば、カネは回り、経済も改革
最低賃金1000円は、日本経済の改革の号砲になるのでしょうか。それとも足かせになるのでしょうか。
最低賃金を討議してきた国の審議会は7月28日、全国平均の引き上げ額を過去最高の41円と決め、最低賃金の目安が1000円を超える見通しになりました。岸田首相は賃金上昇による経済活性化を掲げており、最低賃金1000円の達成をめざしていました。政府の強い意向を反映して実現したわけですが、実際の賃金に反映されるためには、大企業と中小・零細企業の取引関係の改善が必須条件です。
1000円超えは経済改革の号砲
日本の企業取引はこの30年間、価格据え置きのデフレ経済に慣れ、大企業は取引価格にコスト上昇の上乗せを求める中小・零細企業の要請を跳ね返してきました。仕事を発注する大企業は下請けである中小・零細企業に対しかなり優位な立場にあります。結局は中小・零細企業がコスト上昇分をすべて価格転嫁できず、自らの利益と相殺するのが慣行になっています。春闘などで大企業が3%台の賃上げ率を達成しても、中小・零細企業が2%台で終わる背景には、中小・零細企業がコスト上昇と価格転嫁を拒む大企業の板挟みに合い、不利益を被っている構図があるのです。
2023年の春闘は急激な物価上昇もあって中小企業も含めて3%台の賃上げが達成できたようです。ただ、物価上昇分を考慮すれば、実質賃金は増えたかどうか。
公取委は価格転嫁受け入れを促す
公正取引委員会は2022年12月末、下請け企業とコスト上昇について交渉しなかった13の企業・団体を公表しました。異例の措置です。独占禁止法の違反は犯していないものの、「優越的地位の乱用」に該当する恐れがあると判断したのです。下請け企業が価格転嫁を求めなくても取引上優位な発注企業、いわば大企業が率先して中小企業の経営を改善させるのが狙いだと説明しています。公取委が憂うほど、大企業優位の取引が常態化しているわけです。
この構図を念頭に過去最高の最低賃金の引き上げ幅を実現するためには何が必要か。大企業が従来の取引慣行を捨て去り、デフレ思考からインフレ思考へ切り替わることです。エネルギーや農作物などの価格は引き続き上昇しており、最低賃金1000円超えを実現するなら、中小・零細企業が直面するコスト上昇圧力はさらに強まるのは必至です。大企業が下請けなどから寄せられる価格転嫁交渉を受け入れ、仕入れコストが増えれば、販売価格も引き上げる。買い手の消費者も賃金上昇が継続する保障があれば、受け入れる。こうした好循環に転換できれば、30年間GDPも年収もほぼ横ばいが続く日本経済も変わるチャンスです。
大企業の180度の発想の転換がカギ
だからといって政府が大企業と中小・零細の取引条件の改善に介入する必要は全くありません。大企業が産業を問わず、仕入れ価格、販売価格の設定について180度発想を転換するぐらいの改革に取り組むことです。物価上昇が続いたとしても、賃上げが着実に実施され、企業経営も安定した収益を確保できるとなれば、より積極的に人材確保に向けた賃金体系を築く基盤ができあがります。経済の好循環の始まりです。
日本の最低賃金はまだ高いわけではありません。為替相場による変動はありますが、円換算でみるとフランスやドイツは1300円台、英国は1100円台。最低賃金が低いといわれる米国はじめ韓国をも下回っています。米カリフォルニア州は2000円となっています。地盤沈下が顕著な日本経済です。賃金上昇から景気の良い日本に変わっていきましょう。
価格転嫁に難色なら改革は悪循環へ
しかし、大企業が中小・零細企業からの価格転嫁に難色を示すようなら、好循環は悪循環に転じます。最低賃金1000円超えだけが独り歩きしてしまえば、人件費の上昇圧力で経営が行き詰まる企業も現れるかもしれません。最低賃金1000円超えは、足踏みが続く日本経済が改革できるかどうかを知る試金石なのです。