日本列島改造論

「34年ぶり」が映す「時計の針が逆戻りする日本経済」50年前が今、目の前に

 2つの「34年」が目の前に。日経平均が4万円を超え、34年前の過去最高値を更新しました。もう一つは円安。1ドル154円台まで進行し、米国の利下げ観測の後退もあって155円突破も見えてきました。いずれも日本経済の体温と体力を理解する重要な指標です。34年前が偶然に並んだのか、それとも日本経済の病巣を示唆しているのでしょうか。

日本経済の予兆を告げている

 1980年から新聞記者として日本経済を眺めてきました。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」に日本中が酔った1980年代後半は、自動車、航空・海運、エネルギーなどの産業を担当。煌びやかに輝いた「34年前」を肌で知っています。その直後に崩壊したバブル経済から34年間、呻吟し続けた日本経済も直視してきたつもりです。ここ数年の日本経済にとても楽観できません。2つの「34年ぶり」は警鐘を鳴らしているとしか思えません

 一つ目の34年前。日経平均の更新は日本経済の息が吹き返している証でしょうか。1989年12月末に記録した3万8915円を更新したのは2024年2月22日。2010年に入って1万円台を推移し、2011年の東日本大震災、続く東京電力の原発事故で8000円台まで下がりました。14年前を考えれば4倍も回復したのですから、力強さが蘇ったと考えたいところです。

株価上昇の主役は日本が弱い半導体、AI

 果たしてそうでしょうか。現在の株価は半導体や人工知能(AI)などが主導しています。株価は将来の収益の先取りを反映する指標ですから異論はありませんが、日本経済の地力は戻っているかどうか。株価の上昇力を担う半導体は1980年代に世界一でしたが、2012年のエルピーダメモリーの経営破綻後は置いてきぼりを食い、今は台湾のTSMCに頼る状況です。凋落するメモリーに比べ国際競争力が強いと言われた半導体製造装置も、オランダなど欧米メーカーの中に埋没してしまいました。まして人工知能については、日本企業はまだ世界の舞台に上ってもいません。

 基幹産業の自動車は、トヨタ自動車がハイブリッド車の好調な販売で4兆円を超える営業利益を上げ、絶好調です。しかし、ハイブリッド車はあくまでも電気自動車(EV)のつなぎ役。地球温暖化防止に向けて5年以内に世界の主流を占めるEVでの出遅れは否めません。

 1980年代、自動車と並ぶ牽引役のエレクトロニクスに当時の勢いはありません。長い低迷期を抜け出したソニーに輝きは戻りましたが、果敢に経営改革に挑戦し続けるパナソニックはいつ浮上するのか。「ものづくり日本」の象徴である工作機械は高精細な優れた技術を維持しているものの、AIなどの活用で誰でも高精度な機械加工機が生産できる時代が迫っています。

おなじ34年間で米国は10倍に

 日経平均の最高値更新によって「ものづくり日本の復活」と唱える有識者もいるようですが、日本の産業力は今、「普通のレベル」にまで衰えていると謙虚に受け止めるべきでしょう。なにしろ日本が最高値更新に34年もかかった同じ期間、米国のダウ平均は10倍、最近沈滞が指摘されるドイツでも7倍の水準まで上昇しています。過去最高値更新の時、ある金融機関で花吹雪を飛ばしている場面がテレビニュースで流れましたが、なんとも情けない光景でした。

 もう一つの34年は円安です。4月16日に米国の利下げ観測が遠のいたとの見方が広がり、1ドル154円台の円安が進行しました。1年前の2023年までは、異次元緩和を堅持した日銀の金融政策の修正によって日米の金利差が縮小し、ドル安円高が進むとの見方が支配的でした。ある大手金融機関も「3月末は141円、次第に円高が進み、9月末には139円台」との予想を公表しています。

日本経済はドル円とともに転落

 為替相場は神のみぞ知る、誰も的中できません。ただ、日米の金融政策などに左右される結果とはいえ、154円台からの「さらなる円安は日本経済の陰りを示す」と警戒するのが読み筋ではないでしょうか。34年前の1989年は、日本経済が竜のごとく上昇していた時期です。その4年前の1985年9月22日には突然、プラザ合意が公表され、ドル円は235円からわずか24時間で215円台に、1年後は150円台と円高のスピードは飛び抜けていました。

 当時、プラザ合意を誘発した日米貿易摩擦の主役である自動車産業を担当していましたから、加速するドル安円高に対応する自動車・部品各社の取材に追われる毎日でした。社長ら経営者の表情がどんどん引きつっていく様を目の前で見たものです。しかし、日本経済、産業、企業には急激な円高を乗り越える経営の革新力と最先端の技術開発力がありました。その強さが円高をさらに進行させ、150円台まで駆け上がったのです。

 現在は1989年とは逆の流れです。駆け上がるどころか、階段から転がり落ちている状況です。日本経済の実力は低下してしまい、世界と伍していける企業が減ってしまいました。低下する実力を反映して、154円台の円安に落ちていると捉えた方がわかりやすいでしょう。年内に米国の金利は引き下げられ、ドル円は円高へ戻る可能性はありますが、円の実力は160円に向かっても不思議ではありません。経済がトップグループから2番手のグループへ移り始めているのですから。

マイクロソフトの巨額投資も日本が割安な国だから

 2024年に入ってマイクロソフト、アマゾン、オラクルなどが日本に対し兆円単位の巨額投資を計画していることを明らかにしています。AIなど将来の成長領域に向け、日本の人材や産業力を期待しているからです。大歓迎です。翻ってみれば、日本は割安に投資効果が期待できる国になったのです。この30年間、経済成長も賃金も上昇率はほぼゼロ。優秀な人材や企業は豊富に残っています。円安を念頭に投資すれば、高い投資効率が見込めると考えるのが当然です。日本企業が1990年代、ベトナムに一斉に投資した発想と同じです。

 日本経済の時計の針は34年の歳月をかけて、50年前の1970年代に戻ったと覚悟する時です。もう一度、仕切り直し。田中角栄氏の「日本列島改造論」ならぬ「日本列島再改造論」のページを開く時です。

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