北部準州の演習

27年前の軍事演習が蘇る1  南沙諸島と欧州大陸の侵攻 自衛隊取り込みの狙いも

 1995年8月、オーストラリア北部の原野に立っていました。南半球ですから季節は冬ですが、赤道に近いノーザンテリトリー(以下、北部準州と呼びます)の内陸部に立っています。暑いです。私の周囲には完全武装の兵士たちのほか、装甲車、トラックが配備されています。大規模な軍事演習の真っ只中にいます。

北部準州の演習

オーストラリア、米国などの7カ国の多国籍軍が参加

 演習に参加する軍隊はオーストラリアを軸に米国、マレーシア、シンガポール、パプア・ニューギニア、英国、インドネシアの合計7国で構成する多国籍軍。演習の仮想敵国はオレンジランド。もちろん実在しません。オレンジランド軍の攻勢に対し、多国籍軍は陸海空の部隊が連携しながら迎え撃つ構図です。

 軍事演習の目的は参加する国の顔ぶれを見ればわかる通り、アジア太平洋地域の安全保障が念頭にあるのは当然です。当時の状況を簡単に振り返ってみます。まず中国による南シナ海への進出。国によって呼称が違いますが、日本では南シナ海にある南沙諸島、あるいは英語名でスプラトリー諸島として知られる海域の領有権について中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが実効支配を主張しています。この海域は西沙諸島なども含めて小さな島や環礁の集まりです。しかし、石油・天然ガスなど海底の大陸資源、広大な海域の漁業資源などをめぐって第二次世界大戦後から中国、ベトナムやフィリピンなどは何度も一触即発の緊張関係が続いており、1988年には中国とベトナムが軍事衝突しています。

南シナ海の南沙諸島などが念頭に

 オレンジランドを中国と想定しているわけではありません。ただ、中国が南シナ海への進出を拡大してきた場合、オーストラリア、米国を軸に周辺国で連携して対抗する意思を示す狙いが込められていたのは事実です。演習の参加国を見ても、シンガポールやパプア・ニューギニアなどは軍事力が特段大きいわけではありません。

 特筆すべきはインドネシアの参加でした。オーストラリアとは隣国でありながら、歴史的な背景もあって決して友好関係を築いていませんでした。しかし、今回の多国籍軍には参加表明したのです。それだけ南沙諸島をめぐる領有権問題を近い将来の紛争の火種と捉えていたのです。

 南沙諸島の表向きの演習目的でした。もうひとつの狙いが隠されていました。欧州大陸全域で展開される作戦展開です。軍事演習はオーストラリア北部の北部準州全域で展開する計画です。オーストラリア大陸の北半分を一回り小さくしたイメージで、オーストラリア軍の説明によるとパリからモスクワまで、欧州とロシアの一部を飲み込んでしまう広域な演習です。

 これだけ広域展開する軍事作戦は第二次世界大戦を除いて例がありませんし、演習をやろうとしても多くの国を巻き込むため、現実には不可能です。オーストラリアは世界でも広大な大陸を国土に持ち、人口が多い都市部は沿岸に偏っています。オーストラリアの中でも人口が少なく、砂漠や熱帯樹林が大半を占める北部準州だから、実現できる演習でした。

北部準州の演習

実は欧州大陸での作戦展開も、もう一つの狙い

 軍事演習は机上で行われることがありますが、机上で試せないことがあります。仮想敵国との作戦が計画通りに大量の兵力を機敏に配置できるかどうか。さらにロシアによるウクライナ侵攻でも作戦の成否を握ると指摘されているロジスティクの可能性、言い換えれば軍事兵器、燃料、食糧などを安定して供給できるかどうか。実際に遠距離を移動する輸送を経験する必要があります。「これだけ広域の作戦を演習できるのはオーストラリアしかない」と軍幹部は演習の作戦図を示しながら、説明していました。

 演習はメディアに公開されていました。参加したのは軍事専門のジャーナリストがほとんどで、日本のメディアからは私ひとりでした。アジア太平洋の安全保障などの取材を通じてオーストラリアの外務省や防衛省で親しくなったルートから「興味があるなら、参加してみたら」との声をかけてくれたのです。

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