注視すべきは日本のファンダメンタルズ 日銀、財務省は受け身の姿勢を中止して
円安は予想通り1ドル130円に達し、予想を上回るスピードで135円に突入しました。今年に入って130円時代が到来するのは確信していましたから、驚きは全くありません。為替相場は上がったり下がったり山、谷を描いて売買されないと、為替ディーラーは儲かりません。数多いディーラーの中から「俺が突破してやる」と気合を入れて、140円を試す日もそう遠くないでしょう。むしろ驚くのは日本銀行と財務省の「時代に取り残された」ともいえる変わらぬ姿勢です。とても心配です。
「注視する」は時代に取り残された象徴
日銀は2022年6月17日、金融政策決定会合を開き、大規模な金融緩和の維持を決めました。欧米など世界の中央銀行が進行するインフレに合わせて利上げしています。米国のFRBの利上げ幅は0・75%。27年ぶりの大幅引き上げでした。これ対して欧米と同じように物価上昇に直面している日本は微動だにしません。
日銀の黒田東彦総裁は6月17日の記者会見で「為替をターゲットにして金融政策を運営することはない」と話したそうですが、日銀が17日に公表した金融市場調節に関する考え方では「為替市場の動向を十分に注視する必要がある」と明記しています。日銀が公表した文章で為替について明記したのは、黒田総裁が金融緩和を導入した2013年4月以来、初めてだそうです。といっても、日銀は毎日、為替相場を注視しているでしょうから、公表文に明記した事実の意味が多くの人に伝わったのか疑問です。
鈴木財務相も日銀の会合に先立つ3日前、14日の閣議のあとの記者会見で「為替相場は、ファンダメンタルズ(基礎的条件)に沿って安定的に推移することが重要だが、最近の為替市場では急速な円安の進行が見られて憂慮している」と話し、「為替市場の動向や経済、物価などへの影響を一層の緊張感を持って注視していく」と強調しました。簡単にいえば、現在の為替相場は日本のファンダメンタルズを反映した変動ではなく、投機的な動きもあるのではないかとの牽制したつもりのようですが、原稿を棒読みする鈴木財務相から政府の本気度が伝わるわけがありませんし、為替相場のプロは逆につけこむ隙を見つけたと捉えるでしょう。
1985年9月のプラザ合意以来、為替動向に左右される経済・産業の取材を経験し続けました。自動車、電機、石油・ガス、航空や船舶など運輸などを中心に翻弄される日本の企業経営を肌で実感、悲惨な結末も見ています。日銀や財務省は円高、円安どちらに振れても、日銀や財務省はいわゆる口先介入などを多用してドル円相場の動向に注文をつける際、「注視する」を多用します。ただ眺めているのではなく、細部に至るまで投資・投機筋の動きを警戒しているぞとの意味を込め、妙な動きをしていたら介入以外のどこかでお仕置きするぞとのアラームを鳴らしているわけです。
今回も日銀、財務省は「注視する」を使いました。いわば古典的な為替相場の言葉選びです。しかし、為替相場の動向や金融専門家のコメントを見ていると、「注視する」はほとんどスルーされています。理由は簡単。今年に入って短期間で130円突破し、140円台が見えてくる今回の円安相場は為替の投資・投機筋だけで説明できるものではないからです。
現在のドル円相場は国際経済の激動を素直に反映している
現在の円安相場はまずは国際経済の激動を素直に反映したものだと理解するのが自然な流れです。鈴木財務相はファンダメンタルズに言及していますが、この基礎条件が大きく揺らいでいるのが日本経済の現状です。財務省が6月16日に発表した5月の貿易統計速報では、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は2兆4000億円弱の赤字でした。赤字額は比較できる1979年以降で2番目に大きいそうです。石油・ガスなどの高騰や円安の影響で輸入額は前年同月比で5割近い増加になっています。
政府内では、資源価格の高騰はロシアのウクライナ侵攻による一時的な現象と見る向きもあるようですが、欧州が禁輸したロシア産ガスや石油が以前のように輸入再開される見通しはまだ全く見えません。資源価格の高騰、ウクライナの穀物などの輸出停止あるいは減少で弾みがついた農作物の国際価格の高騰を考慮すれば、「日本経済への打撃は一段と拡大する」と予想するのが自然です。インフレの炎は地を這って広がるのです。
金融系シンクタンクでは米国経済は大幅利上げで景気が不安定になり、ドル円の流れが円高に戻る可能性があると指摘する向きもあります。残念ながら日本の景気が米国を上回るよりさらに悪化する確率の方が高いでしょうから、一時的な揺り戻しがあったとしても円安トレンドが続くとみるのがやはり自然でしょう。
注視すべきは日銀が期待する賃上げができない成長力の弱さ
日銀は賃上げと物価上昇が連動し始めれば、健全なインフレと評価する考えを示していますが、賃上げは進みそうもありません。「なぜ賃上げしないのか」についてサイトで連載しましたが、企業がなぜ大幅な賃上げに踏み切らないのか、その理由は明白です。それは企業経営者は日本経済の近未来が人的資本に投資するほど成長できると考えていないからです。この成長力の弱さを日銀、財務省、私たちが最も注視すべきファンダメンタルズだと考えます。
日銀総裁や財務相は注視するところを勘違いしているように思えてなりません。目の前の数字に囚われるわけではないことはわかっています。日銀・元総裁の白川方明さんは自著「中央銀行」で強調しています。日銀には優秀な人材を抱え、世界経済の先行きを分析、予測する能力を持っていると。前回公表された日銀の金融政策決定会合の議事録で「何人かの委員」がもっと日銀の考えを説明すべきだと発言しています。現況は十分に把握しているはずです。
日銀と財務省がすべきことは直面する経済の状況、企業や日常生活への打撃
135円台のドル相場は20年ぶりの円安水準です。日本経済は20年前の2000年ごろに退化しているのでしょうか。円安相場は日本企業にとってプラスと発言する人もいますが、日本経済や企業は為替相場を安めに誘導して国際競争力を高める発展途上国の域をすでに脱しています。為替相場の大きな振れはそのまま日本の企業や生活に直撃する構図ができあがっています。
日銀や財務省がすべきことは「注視する」という受け身の姿勢をすぐに放棄することです。日本経済が世界経済の中でどのような立ち位置にいるのか。どのような経済政策が必要なのか、物価上昇の今後の展開はどうなるのか。日銀の黒田総裁は庶民の生活がわかっていないと批判され、謝罪する出来事がありましたが、今すべきことは企業経営や日常生活がこれから直面する状況と必要な説明を饒舌に説明することです。