スキー場・温泉を結ぶ無料バス路線、名寄の日進ピヤシリ線は人生の楽園

 乗車するたびに楽しい気分を味わえる無料路線バスがあります。

 「日進ピヤシリ線」。名寄市を走る路線バスで、名寄駅から9キロ離れたピヤシリ・スキー場を往復します。ニセコや富良野と違ってピヤシリ・スキー場といっても、「どこにあるの?」と首を傾げる人がほとんどでしょうね。名寄市の地図上の位置も不明かもしれません。

名寄市を走る路線バス

 名寄市は北海道北部で稚内市と旭川市の中間地点。かなり大雑把な説明で、すいません。そしてピヤシリ・スキー場は名寄市内の国道沿いに「雪質日本一」という大看板を掲げるほど市民には自慢のスキー場です。ゲレンデは国際スキー連盟が認定するほどハイレベル。全日本レベルの大会を開催できるスキージャンプ台も併設されています。

 雪質日本一は嘘偽りありません。温暖化の影響で欧州のスキー場は雪不足などで困っているそうですから、ひょっとしたら世界一と言いたいほど。ニセコや富良野を訪れた海外のスキー客がその雪質の評判を知り、最近は欧米のスキーヤーも増えています。

雪質は日本一、雲上を滑空する感覚

 雲の上を滑空する感覚。スキーかスノーボードーを楽しむ人なら、このゲレンドを体験したらその快感を忘れられないでしょう。世界的なリゾートとして名を馳せるニセコに知名度で全く敵いませんが、雪質では五分五分の勝負どころか圧勝できるかも。

 私は12年前からピヤシリスキー場にハマり、毎年通っています。雪質はもちろん、自然の美しさに魅了されました。晴天時に映える霧氷の森と青空、零下20度近くの極寒下で発生するダイヤモンドダスト、1度か2度しか見たことがありませんが太陽光とダイヤモンドダストが奏でる光輝く柱「サンピラー」も待っています。

12年間、通っています。

 日進ピヤシリ線を利用するきっかけは乗車券が無料だから。当初は友人らのマイカーで無かったのですが、バスを使えば友人らに負担をかけることも省けます。

 「タダだから」と割り切って路線バスを利用したら、思わぬ”宝”を手にしました。名寄市民の皆さんからみたら、なんの変哲もない出来事でも、片道30分間のバスの車内は私にとって驚きと笑いが絶えないたまらない時間となっています。

バス車内は驚きと笑いの連続

 ある日の情景をいくつか再現してみます。

 初めて「日進ピヤシリ線」に乗車した時です。乗車するお客さんのほとんどは、私より10歳程度上回る高齢者ばかり。乗るたびすでに乗車しているお客とあいさつしたり、笑いあったり。コロナ禍もあってワイワイガヤガヤとなるわけではありませんが、みなさん顔馴染みですから一緒の車内にいるだけお互いの健康を確認し、安心している様子がわかります。「今日も元気でいたね」。この安心感が実はなによりも大事な瞬間であることに気づかされます。

 なぜ高齢者が多いのか不思議でした。そういえばスキー場に温泉浴場があるホテルが隣接していました。回数券は大人11回分で5000円。1回あたり500円を切ります。交通費は無料。男性客が話してました。「家にいたら話す機会がない。バスや温泉でしゃべらないと言葉を忘れるよ」と周囲と笑っています。週に何回か温泉に入り、行き帰りのバスで友人らとおしゃべりする。温泉気分のまま、家でお酒を軽く飲んで酔えば、最高です。(注;個人の感想です)

「私のことは忘れても名寄はわすれないでね」

 こんな日もありました。

「どこから来たの」とある女性が乗ってきた若いスキー客に声をかけました。

「札幌からです。ピヤシリスキー場はとても良いと多くの友人から言われたので、今回初めて来ました」。

「そりゃ雪質日本一だもの、私なんか小さい頃から滑って67歳までスキーしてたよ。もう80歳過ぎたらやめたけどさ。でも、うれしいねえ、名寄に来てもらって。でもなんで3月に?」

「生まれは東京で、札幌に引っ越したばかり。寒さには弱いので3月にしました」

「アハッハ、1、2月に来てごらん。ダイヤモンドダストは見えるし、山から見える景色や空がきれいだから」

 2人の話は笑いながらバス終着のスキー場に到達するまで続きました。

「こんなおばあさんと話してくれてありがとうね。名前は何と言うの?私は〇〇。そんなことより私のことは忘れても、名寄のことは忘れないでねえ、また来てね」

 ここまで言われたら、名寄もお名前も忘れませんよ。

 帰りのバスはもっとハプニングの連続です。温泉で体も心も温まり、リフレッシュするせいか、さすがに車内はおしゃべりに夢中になる人が増えます。

 運転席のバックミラーから運転手さんが心配そうに車内を確認するのがわかります。話に夢中になって、降りる場所が近づいているにもかかわらず、停車ボタンを忘れているお客さんを見て、そろそろ押すかどうかを待っている様子(あくまで私の想像です)。

停車ボタンを忘れても、運転手さんは忘れない

 そんか気配を感じたそばの人が気を使ってストップボタン。当の本人は「私がおしゃべりに夢中になって忘れてしまった」と周囲に頭を下げていましたが、バックミラーから運転手さんがホッとした様子の笑顔が映っていました。

 違う押し忘れもあります。認知症かどうかわかりませんが、どこで降りるのが自信を失っている人もいました。「〇〇で降りるんだよ。途中で私が降りるけど、忘れないでね。運転手さんお願いね」と話したら、隣の方が「私は最後まで乗っているから、大丈夫」と助け船を出しています。

 今回も運転手さんはバックミラー越しに笑っているのがわかります。自信なさげに降りた男性は停留所から離れ、歩いていくのですが、運転手さんも他のお客さんも誤った方向に歩いていないか窓越しに確認しています。自宅の場所も知っているようです。運転手、お客の枠が消え、同じ街で暮らす家族・友人といった空気が醸し出されていました。

近い将来の自分の姿もそこに見える

 同じバスで同席している自分にとって、とても他人事とは思えません。近い将来の自分を間近に見ている思いです。自宅へ帰る場所を友人に教えてもらい、降り口のステップで助けを借りる。そう遠からず訪れる自分がバスで目にしたような空間に果たして身を任せることができるのだろうか。不安ですし、うらやましい。

 「日進ピヤシリ線」の例えようもない車内の時間と空間を体感していたら、最近テレビやネットに人気の学者が「集団自決」という言葉を使って高齢者対策について語り、話題になったことを思い出しました。人生が楽しく過ごせたら、良いじゃないの。みんな歳を重ねるのです。若い時も老いた時も幸せを感じる時は何も変わらない。足し算と引き算でしか人生を考えられない不幸な人もいるんだなあ〜。

お釈迦様は「若さにおごっちゃだめ」と

 釈迦さまが説いていますよ。「自分は若いから役に立ち、老いたものは役に立たない」と考えるのは自らの未来を忘れたおごりであると。もう2000年以上も前から説いている「おごり」に気づかない頭脳が果たして優秀なのか。

 私にとってはピヤシリスキー場は雲上の楽園以上の存在です。エクスタシーを感じる滑走で昇天し、バスの時間と空間で例えようもない幸福感を覚え、お酒を飲んで人生って良いなあと酔う。無料の路線バスを利用するだけで、こんな良いことがある。名寄を訪れた大発見のひとつです。

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